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HOME教会めぐりモデルコース紹介 > 長崎コース(1日コース)

教会めぐり

長崎コース(1日コース)

1 JR長崎駅
車10分
2 浦上教会
徒歩10分
3 如己堂
徒歩5分
4 ベアトス様の墓
徒歩10分
5 平和公園(原爆落下中心地)
徒歩20分
6 サン・ラザロ病院跡(山王神社)
徒歩10分
7 永井隆博士の墓/坂本国際墓地
車10分
8 日本二十六聖人殉教地(西坂公園)
徒歩5分
9 中町教会
徒歩10分
10 サント・ドミンゴ教会跡資料館
徒歩20分
11 春徳寺(トードス・オス・サントス教会堂跡)
徒歩20分
12 聖コルベゆかりの暖炉
車15分
13 大浦天主堂
車15分
14 神ノ島教会
車25分
15 JR長崎駅

※モデルコースは1日かけて巡るかなりハードなコースです。教会や資料館などの滞在時間を考慮して、自分なりにゆとりをもって調整しましょう。

2 浦上教会

浦上教会

浦上教会の建設計画は、1873年、キリシタン弾圧の禁制をとかれ自由を得た浦上の信徒達によって行なわれた。ところが資金がなかなか集まらず、20年余りの時を経た1895年、やっとフレノ神父の設計による教会の建設が開始し、1914年に東洋一のレンガ造りのロマネスク様式大聖堂として献堂式があげられた。
正面双塔にフランス製のアンジェラスの鐘が備えられたが、1945年、原爆で建物は破壊され、アンジェラスの鐘も鐘楼とともに崩れ落ちた。現在の建物は1959年に鉄筋コンクリートで再建されたもので、1980年、レンガタイルで改装し、当時の姿に似せて復元された。周囲には被爆遺構の石像などが配され、今も原爆の爆風に耐えた一方のアンジェラスの鐘が時を告げている。

所在地 852-8112 長崎県長崎市本尾町1-79
内覧時間 9:00~17:00
ミサの時間 日曜6:00、7:30、9:30、18:30 土19:00 
拝観料・入場料 無料(※献金箱にご寄付をお願いします。)
交通アクセス バス:天主堂下・センター前・神学校前停留所から徒歩1分
電車:松山電停(路面電車)から徒歩8分
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3 如己堂

如己堂

如己堂は、永井隆博士の病室兼書斎です。原爆で無一文となった浦上の人々が博士のために建てたこの建物を博士は“己の如く隣人を愛せよ”という意味から“如己堂(にょこどう)”と名付け2人の子ども達と共に暮らしました。
北側の壁に香台、本棚を取り付け、その下に幅2尺長さ6尺の寝台を置き、寝たきりの博士は執筆にはげまれました。永井隆博士が記した著書のテーマは原爆、人間、愛、平和……いずれも博士自らの体験をもって後世に伝えておきたいと願ったメッセージ性に富んだ作品ばかりで、なかでも『長崎の鐘』『この子を残して』は名高い作品です。
現在この如己堂は、多くの人に受け継がれている永井隆博士の恒久平和と隣人愛の精神の象徴となっています。

所在地 852-8113 長崎県長崎市上野町22-6
内覧時間 9:00~17:00
拝観料・入場料 如己堂:無料 永井隆記念館(展示室1階):一般100円、小・中・高校生は無料
駐車場
交通アクセス JR長崎駅前から路面電車(赤迫行)で大橋電停下車、徒歩10分。
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5 平和公園(原爆落下中心地)

平和公園(原爆落下中心地)

昭和20年(1945)年8月9日11時2分。アメリカのB29爆撃機から投下された原子爆弾は松山町171番地の上空約500mで炸裂しました。現在、その地には落下中心地標柱として昭和43年(1968)に建立された黒御影石の碑が立てられており、園内には被爆当時の地層も残されていますが、そこには原爆によって壊された家の瓦やレンガ、3000度の熱で焼けたガラスなどが今も大量に埋没しています。

原爆の爆風により、爆心地周辺のほとんどの樹木は倒れ焼き尽されたことから70年は草木も生えないだろうという“70年不毛説”が流れましたが、1ヶ月後には約30種類の植物が芽吹きました。この爆心地周辺も今ではすっかり緑に囲まれ、かつての惨状を思い浮かべるとその逞しい復興の力を感じることができます。

公園の周囲にも約500本の桜の木が植えられ、桜の季節は花見の地、また日頃から緑に囲まれた憩いの空間として親しまれています。

所在地 852-8118 長崎県長崎市松山町
交通アクセス JR長崎駅前から路面電車(赤迫行)利用15分、松山町電停から徒歩1分
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6 サン・ラザロ病院跡(山王神社)

サン・ラザロ病院跡(山王神社)

長崎駅近くの本蓮寺にあったサン・ラザロ病院と別に、浦上村のイエズス会経営のハンセン病を扱うサン・ラザロ病院がありました。26聖人は刑場へ向かう途中でここの付属教会に立寄って、別れを告げに来たポルトガル人や信者と会い、2人がイエズス会の修道士となって、西坂の処刑場へ向かいました。

所在地 852-8106 長崎県長崎市岩川町
交通アクセス 坂本町停留所から徒歩5分
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8 日本二十六聖人殉教地(西坂公園)

日本二十六聖人殉教地(西坂公園)

豊臣秀吉によるキリシタン禁止令により、1597年2月5日京阪地方へ伝導していたフランシスコ会宣教師6人と日本人信徒20人が処刑された丘です。

キリストが十字架に架けられたゴルゴタの丘に似ていることから、信者達がこの地を処刑の場に願い出たのだといわれており、二十六聖人の殉教以降も多くの人々が“火あぶり”“水責め”“穴吊り”といったむごい手段でもってこの地で処刑されました。

戦後、原爆の破壊から立ち上がった長崎は殉教地であった小高い丘を公園にかえ、昭和31年、長崎県はこの丘を史跡に指定。
26人の殉教者が列聖して100年目の昭和37年に二十六聖人等身大のブロンズ像嵌込(はめこみ)記念碑と記念館が建てられた西坂公園ができました。また、昭和25年(1950)には、ローマ教皇・ピオ十二世がこの地をカトリック教徒の公式巡礼地と定めています。

所在地 850-0051 長崎県長崎市西坂町7-8
交通アクセス JR長崎駅から徒歩5分
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9 中町教会

中町教会

島内要助神父は、殉教の歴史をもつこの地に、日本人のための教会を建てようと志し、苦労の末に1889年の暮、キリシタン大名大村純忠ゆかりの大村藩蔵屋敷跡である現在地を求めて教会設立した。

教会はフランスのパピノー神父の設計で1891年8月より建設に着手、1897年9月8日聖母マリア生誕の祝日に献堂式が挙行された。
教会建設にあたっては、フランスのある婦人の当時の金額で8万フランにものぼる寄付や、多数の恩人の協力があった。

1945年8月9日の原爆投下により、外壁と尖塔を残して焼失しましたが、1951年10月、その外壁と尖塔をそのまま生かして再建され現在に至る。
そのため、貴重な被爆遺構として長崎市の指定を受けており、教会の門の側に銘版が設置されている。

所在地 850-0055 長崎県長崎市中町1‐13
内覧時間 9:00~17:00(※但し、①ミサ、冠婚葬祭時には不可の場合もあります。 ②閉まっている場合もあります。)
ミサの時間 日曜6:30、9:00 土曜19:00 平日6:30
拝観料・入場料 無料(※献金箱にご寄付をお願いします。)
駐車場 有(※但し、ミサ時は一般観光客使用不可。)
交通アクセス JR長崎駅から徒歩6分
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10 サント・ドミンゴ教会跡資料館

サント・ドミンゴ教会跡資料館

1609年、ドミニコ会のモラレス神父は、鹿児島を逃れるとき教会堂を解体して、長崎代官・村山等安が寄進した土地に建てた。この時代の石畳や地下室、その後建てられた代官屋敷時代の井戸などが、小学校の建て直しの際の発掘ででてきた。公開中。

所在地 850-0028 長崎県長崎市勝山町30‐1(桜町小学校内)
内覧時間 9:00~17:00
拝観料・入場料 無料
交通アクセス 市役所前停留所から徒歩2分
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11 春徳寺(トードス・オス・サントス教会堂跡)

春徳寺(トードス・オス・サントス教会堂跡)

当寺開山泰室清安は1650年梵鐘1口を造った。
施主は枝村郎兵衛尉重勝,鋳工は江戸御花入屋閑人,銘は元1569年、大村純忠の家臣でキリシタン長崎甚左衛門がイエズス会に与えた土地に建った長崎で最初の教会堂。焼き討ちにあい、1603年、新しい教会堂が建てられた。禁教令後、春徳寺が建ち、教会時代の井戸が今も残る。 ※見学には、事前予約が必要です

所在地 850-0016 長崎県長崎市夫婦川町11-1(春徳寺内)
交通アクセス 中川町停留所から徒歩7分
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12 聖コルベゆかりの暖炉

聖コルベゆかりの暖炉

1930年、ポーランドから来日したコルベ神父が長崎で最初の拠点とした大浦の洋館の赤煉瓦の暖炉。火事の時に焼け残り、現在、南山手町聖コルベ記念館に保存中。

所在地 850-0931 長崎県長崎市南山手町2‐6(大浦天主堂下の坂の途中に案内あり)
拝観料・入場料 入場無料
交通アクセス 大浦天主堂下電停から徒歩2分
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13 大浦天主堂

大浦天主堂

幕末の開国にともなって造成された長崎居留地の中に、在留外国人のために建設した中世ヨーロッパ建築を代表するゴシック調の国内現存最古の教会。聖堂内を飾るステンドグラスには、約100年前のものもある。

直前に列聖されたばかりの日本二十六聖人に捧げられた教会で、正面は殉教の地である西坂に向けて建てられている。

設計指導者はフランス人宣教師のフューレ、プティジャンの両神父で、施工は天草の小山秀之進(のちに、「秀(ひいで)と改名」)。1864年末に竣工し、翌年2月に祝別された。この直後の3月に、浦上の潜伏キリシタンが訪れ、信仰を告白したことにより、世界の宗教史上にも類を見ない「信徒発見」の舞台となった。

1875年と1879年の増改築により、平面形式と外観デザインも変容し、外壁も木造からレンガ造に変更されたが、内部空間の主要部には創建当初の姿が保存されている。

また1933年に国宝となるが原爆で被害を受け、1953年、日本最古の現存教会建築として国宝に再度指定された。

所在地 850-0931 長崎県長崎市南山手町5-3
交通アクセス JR長崎駅前から路面電車(正覚寺行乗車、築町乗換え、石橋行乗車)利用20分、大浦天主堂下下車、徒歩5分
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14 神ノ島教会

神ノ島教会

佐賀藩の神ノ島には、江戸前期からキリシタンが潜伏し、江戸後期には、砲台築造の人夫として外海からきたキリシタンらが移り住んでいたという。1876年には仮聖堂が建って多くの潜伏キリシタンがカトリックになった。1897年にデュラン神父が私財を投じ現教会を建てた。

所在地 850-0078 長崎県長崎市神ノ島町2‐148
内覧時間 9:00~17:00(※但し、①ミサ、冠婚葬祭時には不可の場合もあります。 ②閉まっている場合もあります。)
ミサの時間 日曜8:00 土曜19:00 平日5:30
拝観料・入場料 無料(※献金箱にご寄付をお願いします。)
交通アクセス 神ノ島教会下停留所から徒歩3分
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■ながさき巡礼についてのお問い合せ

長崎巡礼センター [住所]長崎市尾上町1-88 長崎バス観光案内所2階 [TEL]095-893-8763

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