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原城跡(ハラジョウアト)

●世界遺産候補[39852] ●国指定史跡

原城跡

原城跡

原城跡

原城は1496年、東肥前までも勢力を延ばし当時26万石ともいわれた
領主・有馬貴純によって築かれたといわれ、周囲4キロの三方を有明海に囲まれ
難攻不落の天然の要害で、本丸・二ノ丸・三ノ丸・天草丸からなり、
別名「日暮城」とも呼ばれた美しい城であった。

晴純の代に至り、有馬氏の全盛時代となったが、次第に衰退
義直時代には、佐賀の龍造寺により再三侵略されたが、
島津氏の救援で島原沖田畷にて勝利をおさめ、
島原半島の南部をかろうじて維持できた。

有馬晴信が1612年に岡本大八事件に連座し配流・切腹となり、
子直純が再度有馬の地をおさめたが、2年後日向に転封となった。

その後、1616年大和五条より松倉重政が入封、
一国一城の令によって島原城(森岳城)を築城したので、
日之江・原城は廃城となった。

1637年、この廃城となっていた原城に一揆が籠城した。
世にいう「島原の乱」である。
昭和13年5月30日、国の史跡文化財に指定。

原城本丸には南島原市出身の彫刻家・北村西望による
祈りをささげる天草四郎像や、西有家町の民家の石垣に埋もれていた
天草四郎の墓石が移されている。

また、この台地は約9万年前に起こった阿蘇火山の大噴火による
火砕流がつくったものであり、この地層の中には、
雲仙火山のものとは全く性質が異なる白い軽石が含まれている。


所在地 859-2412 長崎県南島原市南有馬町
交通アクセス
島鉄バス:原城前バス停より徒歩15分。
国道251号線沿い、南有馬町にはいると案内あり
地図を見る
ホームページ 『原城跡』についてのホームページはこちらへ
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