殿様墓 (とのさまばか)

  • 94views

鎌倉時代初期の承元3年(1209)、藤原尋覚は小値賀・浦部(中通島)両島の地頭職として付近一帯を支配しており、その二男家高は浦部島に陣屋(館)を構えたが、後に青方を本拠地とし青方氏を名乗りました。
地元の人は、この五輪塔群を「殿様墓」と呼んでいます。

奈摩の軍人墓地の一角にある祠の中に、鎌倉期のものと推定される三基の五輪塔が祀られており、この墓は、藤原一族の墓だと伝えられています。
五輪塔は平成3年(1991)10月1日、町の有形文化財に指定されました。

祠の横の石碑は、『文禄の役』の供養碑です。
豊臣秀吉の文禄の役では。五島藩からも700人が従軍しました。
騎馬武者27、歩武者40、足軽120、小人38、下人280、水夫200、馬29頭、軍船17隻、属船6隻の記録が残っております。
青方からは鉄砲奉行、足軽などが従軍しており、その内3人が戦死しました。

基本情報

住所 〒857-4402 長崎県南松浦郡新上五島町奈摩郷

SHARE

このスポットから近い観光スポット


周辺の長崎グルメセレクション認定店


We use cookies on this site to enhance your user experience. If you continue to browse, you accept the use of cookies on our site. See our cookies policy for more information.