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歴史めぐり

遣唐使

碑には「辞本涯」(日本のさいはてを去るの意)と刻まれている

碑には「辞本涯」(日本のさいはてを去るの意)と刻まれている

国境の地として果たした重要な役割

異国の文化を求めて大陸へ向かう人々の最終寄港地であった五島。遣唐使ゆかりの地三井楽町には遣唐使ふるさと館や、遣唐使の一員として海を渡り、日本に密教を伝えた空海の記念碑「辞本涯」などがあります。

五島キリシタン

フランスのルルドを模倣して建設された「井持浦教会ルルド」

フランスのルルドを模倣して建設された「井持浦教会ルルド」

素朴な雰囲気の「貝津教会堂」

素朴な雰囲気の「貝津教会堂」

ステンドグラスが美しい「堂崎教会」

ステンドグラスが美しい「堂崎教会」

下五島におけるキリスト教伝来から迫害そして信仰の自由を得るまでの歴史

下五島におけるキリスト教の歴史は1566年に宣教師が訪れたことに始まりました。以来、五島藩に布教を許されキリシタンが増えていきますが、豊臣秀吉による伴天連追放令や江戸幕府による禁教令によって、信者たちは改宗を迫られることに。しかし、一部の信者たちは仏教や神道を隠れ蓑に信仰を続けました。1865年、大浦天主堂にてキリシタンが発見された「信徒発見」の後、五島のキリシタンたちも次々と信仰を表明しましたが、久賀島での弾圧をきっかけに五島全島に迫害が起こりました。1873年についに禁教の高札が撤去。信仰の自由を得た信者たちは財を投げ打ち、教会建築に奔走しました。

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