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【長崎港発】平和とキリスト教~ローマ教皇訪問地を訪ねて~

【長崎港発】平和とキリスト教~ローマ教皇訪問地を訪ねて~-1
  • 所要時間:半日
  • 交通手段:車、電車、徒歩
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長崎港 松が枝国際線ターミナル

長崎の海の玄関口。クルーズ客船が寄港するターミナルビル
長崎港 松が枝国際線ターミナル-1

客船が接岸する「松が枝岸壁」および「出島岸壁」は、いずれも市街地から近い所に位置しているため、観光や買い物へのアクセスが最適で、多くの乗客乗員の方々に喜ばれています。

屋上の芝生広場は入出港時の歓迎・見送りや、散歩や休憩に憩いの場として親しまれています。

住所 長崎県長崎市松が枝町7-16

車で15分、路面電車で30分

長崎原爆資料館

原爆の脅威と平和の尊さを体感できる施設
長崎原爆資料館-1

昭和20年(1945)8月9日午前11時2分。

広島原爆投下から3日後、長崎市内の浦上地域上空で原子爆弾が炸裂し約15万人の人々が命を落としました。

 

この資料館では被爆の惨状をはじめ原爆が投下されるに至った経過、被爆から現在までの長崎の復興の様子、核兵器開発の歴史、そして核兵器のない平和希求までがストーリーを持たせわかりやすく展示されています。


被爆直後と現在の長崎の風景写真を比較すると、目覚ましい勢いで復興した長崎の街と、長崎市民の逞しさが伝わってきます。

 

「原爆、戦争なんて遠い昔のこと」とはいえない現在の世界情勢。

 

各展示物に正面から向き合うと同時に“悲惨な歴史”を受け止め、真の平和について考えてみてください。
 

原爆・平和関係の図書閲覧ができるほか、ビデオコーナーを設置した図書室も併設しています。

  • 住所 〒852-8117 長崎県長崎市平野町7-8
    電話番号 095-844-1231
    営業時間 8:30~17:30【1~4月、9~12月】
    8:30~18:30【5~8月】
    8:30~20:00【8月7日~9日】
    ※ 入館は閉館時間の30分前まで
    休日 12月29日~12月31日
  • 詳細ページへ
住所 〒852-8117 長崎県長崎市平野町7-8
電話番号 095-844-1231
営業時間 8:30~17:30【1~4月、9~12月】
8:30~18:30【5~8月】
8:30~20:00【8月7日~9日】
※ 入館は閉館時間の30分前まで
休日 12月29日~12月31日

徒歩5分

原爆落下中心地碑

悲しみの原点、グラウンド・ゼロ
原爆落下中心地碑-1

昭和20年(1945)年8月9日11時2分。アメリカのB29爆撃機から投下された原子爆弾は松山町171番地の上空約500mで炸裂しました。現在、その地には落下中心地標柱として昭和43年(1968)に建立された黒御影石の碑が立てられており、園内には被爆当時の地層も残されていますが、そこには原爆によって壊された家の瓦やレンガ、3000度の熱で焼けたガラスなどが今も大量に埋没しています。

原爆の爆風により、爆心地周辺のほとんどの樹木は倒れ焼き尽されたことから70年は草木も生えないだろうという“70年不毛説”が流れましたが、1ヶ月後には約30種類の植物が芽吹きました。この爆心地周辺も今ではすっかり緑に囲まれ、かつての惨状を思い浮かべるとその逞しい復興の力を感じることができます。

公園の周囲には桜の木が植えられ、桜の季節をはじめ、日頃から緑に囲まれた憩いの空間として親しまれています。

住所 〒852-8118 長崎県長崎市松山町
電話番号 095-822-8888(長崎市コールセンターあじさいコール)

徒歩3分

平和公園

原爆犠牲者の冥福と平和を願う祈りの空間
平和公園-1


原爆落下中心地公園北側、小高い丘にある平和公園は、悲惨な戦争を二度と繰り返さないという誓いと、世界平和への願いを込めてつくられた公園です。


「平和祈念像」
長崎市民の平和への願いを象徴する高さ9.7メートル、重さ30トン、青銅製の平和祈念像。制作者の長崎出身の彫刻家北村西望氏はこの像を神の愛と仏の慈悲を象徴とし、天を指した右手は“原爆の脅威”を、水平に伸ばした左手は“平和”を、軽く閉じた瞼は“原爆犠牲者の冥福を祈る”という想いを込めました。毎年8月9日の原爆の日を「ながさき平和の日」と定め、この像の前で平和祈念式典がとり行なわれ、全世界に向けた平和宣言がなされます。

「平和の泉」
原爆のため体内まで焼けただれた被爆者たちは「水を、水を」とうめき叫びながら死んでいきました。その痛ましい霊に水を捧げて、冥福を祈り、世界恒久平和と核兵器廃絶の願いを込めて浄財を募り建設された円形の泉で、平和公園の一角、平和祈念像の前方にあります。直径18メートルで昭和44年に完成しました。
平和の鳩と鶴の羽根を象徴した噴水が舞い、正面には、被爆し、水を求めてさまよった少女の手記「のどが乾いてたまりませんでした 水にはあぶらのようなものが一面に浮いていました どうしても水が欲しくて とうとうあぶらの浮いたまま飲みました」が刻まれています。

Googleストリートビューで平和公園をバーチャル体験してみよう

 

住所 長崎県長崎市松山町 平和公園内
電話番号 095-829-1162(長崎市土木部総務課)

徒歩7分

浦上天主堂

弾圧に苦しんだ浦上信徒が築いた教会(浦上天主堂)
浦上天主堂-1

浦上教会(浦上天主堂)は、1873年、キリシタン弾圧の禁制をとかれ自由を得た浦上の信徒達によって建設が計画されました。

 

ところが資金がなかなか集まらず、20年余りの時を経た1895年にようやくフレノ神父の設計による教会の建設が開始され、1914年に東洋一のレンガ造りのロマネスク様式大聖堂として献堂式があげられました。


正面双塔にフランス製のアンジェラスの鐘が備えられましたが、1945年、原爆により建物は破壊され、アンジェラスの鐘も鐘楼とともに崩れ落ちました。

 

現在の建物は1959年に鉄筋コンクリートで再建されたもので、1980年にレンガタイルで改装し、当時の姿に似せて復元されました。

 

周囲には被爆遺構の石像などが配され、今も原爆の爆風に耐えたもう一方のアンジェラスの鐘が時を告げています。

住所 〒852-8112 長崎県長崎市本尾町1-79
電話番号 095-844-1777
営業時間 9:00~17:00
休日 無休

車で9分、路面電車で18分

日本二十六聖人殉教地

殉教の様子が描かれたレリーフが建つ丘
日本二十六聖人殉教地-1

豊臣秀吉によるキリシタン禁止令により、1597年2月5日京阪地方へ伝導していたフランシスコ会宣教師6人と日本人信徒20人が処刑された丘です。

キリストが十字架に架けられたゴルゴタの丘に似ていることから、信者達がこの地を処刑の場に願い出たのだといわれており、二十六聖人の殉教以降も多くの人々が“火あぶり”“水責め”“穴吊り”といったむごい手段でもってこの地で処刑されました。

戦後、原爆の破壊から立ち上がった長崎は殉教地であった小高い丘を公園にかえ、昭和31年、長崎県はこの丘を史跡に指定。
26人の殉教者が列聖して100年目の昭和37年に二十六聖人等身大のブロンズ像嵌込(はめこみ)記念碑と記念館が建てられた西坂公園ができました。また、昭和25年(1950)には、ローマ教皇・ピオ十二世がこの地をカトリック教徒の公式巡礼地と定めています。

住所 〒850-0051 長崎県長崎市西坂町7-8
電話番号 095-822-6000((二十六聖人記念館))

徒歩すぐ

日本二十六聖人記念館

二十六聖人殉教の地に建つ資料館<br >日本における聖フランシスコ・ザビエルの渡来から明治時代までのキリスト教の歴史を紹介
日本二十六聖人記念館-1

慶長元年12月19日(1597年2月5日)に6人の外国人宣教師と20人の日本人信徒、二十六聖人が殉教した地・西坂の丘に建つ資料館。
建物は聖フィリッポ西坂教会とともに建築家・今井兼次氏によるものです。

展示室内には、ザビエルによる日本でのキリスト教布教から、弾圧の時代、そしてその中での二十六聖人の殉教、潜伏キリシタンの祈りから明治時代の信仰の復活までの歴史が、多数の資料をつうじて紹介されています。

資料は「キリシタン時代から伝えられたもの」と「現代にその歴史を表わすため制作されたもの」の大きく2つに分けられ、「聖フランシスコ・ザビエル書簡」(1546年)や、ローマへ派遣された4名の少年使節「天正遣欧少年使節」の一人中浦ジュリアンの自筆書簡、踏み絵と同型のもので信者たちが守り抜いた《ピエタ》(県指定文化財、16c)、潜伏キリシタンの密かな祈りの対象であった《雪のサンタ・マリア》など、貴重な資料が展示されています。

住所 〒850-0051 長崎県長崎市西坂町7-8
電話番号 095-822-6000
営業時間 9:00~17:00
休日 12月31日~1月2日

車で10分、路面電車で30分

大浦天主堂

世界の宗教史上に残る劇的な「信徒発見」の舞台
大浦天主堂-1

大浦天主堂は、幕末の開国にともなって造成された長崎居留地に、在留外国人のために建設された中世ヨーロッパ建築を代表するゴシック調の教会で、現存するものでは国内最古となります。

聖堂内を飾るステンドグラスの中には、約100年前のものもあります。


また、建立直前に殉教した日本二十六聖人に捧げられた教会であり、天主堂の正面は殉教の地である西坂に向けて建てられています。

設計指導者はフランス人宣教師のフューレとプティジャンの両神父で、施工は天草の小山秀之進(のちに、「秀(ひいで)と改名」)です。

 

1864年末に竣工し、翌年2月に祝別されました。

この直後の3月に、浦上の潜伏キリシタンが訪れ、信仰を告白したことにより、世界の宗教史上にも類を見ない「信徒発見」の舞台となりました。


1875年と1879年の増改築により、平面形式と外観デザインも変容し、外壁も木造からレンガ造に変更されましたが、内部空間の主要部には創建当初の姿が保存されています。

1933年に国宝となりましたが、原爆による損傷の修復が完了した後、現存する日本最古の教会建築として1953年に再度国宝に指定されました。

また、2018年にユネスコの世界文化遺産に登録された「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産のひとつです。

 

Googleストリートビューはこちら

住所 〒850-0931 長崎県長崎市南山手町5-3
電話番号 095-823-2628(大浦天主堂)
営業時間 8:30~18:00(最終入館17:30)

徒歩6分

長崎港 松が枝国際線ターミナル

長崎の海の玄関口。クルーズ客船が寄港するターミナルビル
長崎港 松が枝国際線ターミナル-1

客船が接岸する「松が枝岸壁」および「出島岸壁」は、いずれも市街地から近い所に位置しているため、観光や買い物へのアクセスが最適で、多くの乗客乗員の方々に喜ばれています。

屋上の芝生広場は入出港時の歓迎・見送りや、散歩や休憩に憩いの場として親しまれています。

住所 長崎県長崎市松が枝町7-16

FINISH

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