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江戸時代鎖国期に日韓交流の重要な役割を果たした朝鮮通信使の功績を賛え、1992年2月13日に建てました。

朝鮮国通信使之碑

エリア
対馬 
テーマ
史跡・文化財  
  • 江戸時代鎖国期に日韓交流の重要な役割を果たした朝鮮通信使の功績を賛え、1992年2月13日に建てました。
  • 江戸時代鎖国期に日韓交流の重要な役割を果たした朝鮮通信使の功績を賛え、1992年2月13日に建てました。
  • 江戸時代鎖国期に日韓交流の重要な役割を果たした朝鮮通信使の功績を賛え、1992年2月13日に建てました。

朝鮮通信使は、慶長12年(1607)から文化8年(1811)までの間に12回来日しました。それは、日本と李氏朝鮮との間の善隣友好の誼(よしみ)を通わす国家外交の使節でもあり、一大文化使節でもありました。
特に、正使以下500名にも及ぶ一行の来日は壮麗な絵巻を成し、洗練された学問・芸術と、絢爛とした異文化の香りを伝えるものでありました。
この朝鮮通信使の有形無形の行跡は現在も各地に色濃く遺り、近世日本が鎖国時代にも、ことばと慣習を異にしながら誠信の心による伉礼(こうれい)を交わした隣国と、その人々へのさらなる尊崇の情念を拡げさせます。世紀を超えて、今、新しい東アジア国際社会の構築の時に鑑み、朝鮮通信使の恒久的に有する史的意義への思いを深くするものです。

※伉礼(こうれい)・・・対等の礼で人を遇して差別しないこと。

住 所 〒817-0021 長崎県対馬市厳原町金石城内
電話番号 0920-52-1566 ((対馬観光物産協会))
ホームページ 『朝鮮国通信使之碑』についてのホームページはこちらへ
交通アクセス 厳原港から車で約7分