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歴史めぐり

若松島「キリシタン洞窟」

船でしか行けない険しい断崖にある「キリシタン洞窟」

船でしか行けない険しい断崖にある「キリシタン洞窟」

花柄の装飾が施された「頭ヶ島天主堂」

花柄の装飾が施された「頭ヶ島天主堂」

落ち着いた雰囲気の「冷水教会堂」

落ち着いた雰囲気の「冷水教会堂」

迫害を逃れるためカクレキリシタンが生活した洞窟

明治のキリシタン迫害の際、付近の信者たちが弾圧を逃れ隠れて生活をしていたといわれているのが「キリシタン洞窟」です。キリシタン洞窟は若松島から瀬渡し船で10分ほどのところにあります。西海国立公園に指定されている景勝地・若松瀬戸を通り抜け洞窟へ到着。切り立った荒々しい崖の下に立つと、信者たちがいかに厳しい生活をしていたかを感じられます。この地で仏教徒を装い聖書を持たずに隠れて祈りを捧げた「カクレキリシタン」たちは、禁教令が解けたあとも継承されてきた信仰を大切に守り、今も独特のキリスト教崇拝を続けています。

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遣唐使が伝えたといわれる「五島手延うどん」

鍋でグラグラ炊きながらいただく「地獄炊き」が代表的な食べ方

鍋でグラグラ炊きながらいただく「地獄炊き」が代表的な食べ方

美しい海と歴史、島の風土が育んだ逸品

遣唐使船の寄港地として、海外貿易の中継地として栄えた五島には古くから様々な大陸文化がもたらされました。中国から伝わったとされる麺文化は五島で息づき、長い時を経て独自の「五島手延うどん」へと根付きました。かつて五島うどんは完全に手作りで生産量も少なく、島外へ出回ることもなかったために”幻のうどん”と呼ばれていましたが、現在は35の製麺所があり、徐々にその名が知られるまでになりました。丸くて細い麺ながらモッチリとした食感とコシ、そして滑らかな口当たりは、歴史と麺匠の技が生み出した賜物です。

龍馬の木造帆船ワイル・ウエフ号が難破

坂本龍馬ゆかりの広場

坂本龍馬ゆかりの広場

志士たちの冥福を祈る龍馬のブロンズ像

志士たちの冥福を祈る龍馬のブロンズ像

12名の殉職者の名前が刻まれた慰霊碑

12名の殉職者の名前が刻まれた慰霊碑

志士たちの冥福を祈る龍馬の姿に思いを馳せる

坂本龍馬が長崎で組織した日本の貿易商社亀山社中が所有する洋型木造帆船ワイル・ウエフ号が鹿児島へ向かう途中に上五島沖で難破。遭難した潮合崎(しおやざき)を望む広場には「龍馬ゆかりの地」と記された石碑があり、若くしてこの世を去った志士たちの冥福を祈る龍馬のブロンズ像が建立されています。遭難現場に近い江ノ浜の共同墓地には、龍馬の依頼で建立、自ら碑文を記したとされる慰霊碑があり12人の殉職者の名前が刻まれています。また、「ワイル・ウエフ号」舵取り棒の実物が、広場近くの民宿に保管されています。 

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