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歴史めぐり

古墳群の存在が語るもの

壱岐最大の円墳「鬼の窟(いわや)」

壱岐最大の円墳「鬼の窟(いわや)」

巨石古墳のミステリー 鬼の棲家を巡る

長崎県には450基あまりの古墳があります。その60%にあたる約270基あまりが面積では県土の3%しかない壱岐に存在します。島の人々は古墳の中の巨石の部屋を見て、鬼が造った家だと言ったそうです。古墳の多くは自然に覆われた大地にひっそりと溶け込んでいるため、車を走らせても目に飛び込んでくるものは意外と少ないです。探訪するなら、あらかじめ場所を確認して歩いて探すのがポイント。ミステリアスな巨石古墳を巡ってみてはいかがでしょう。

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原の辻遺跡が語るもの

弥生の原風景がよみがえる「原の辻一支国王都復元公園」

弥生の原風景がよみがえる「原の辻一支国王都復元公園」

「海の王都」の秘密に迫る

『魏志倭人伝』に登場する一支国の中心、原の辻。ここに誕生した交易都市は、やがて王都へと発展していきました。『魏志倭人伝』に記されている国の中で、国の場所と王都が特定できているのは「一支国」だけであり、「原の辻遺跡」は国宝級の国特別史跡に指定されています。約1500年も地中に眠っていた遺物が、当時の生活の痕跡や大陸との交流を示しています。調査済みの所は遺跡公園として復元整備され、自由に見学することができます。海上の貿易センターとして弥生時代に栄華を極めた「海の王都」を感じてください。

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元寇、少弐資時(しょうにすけとき)の活躍

少弐公園 元寇の碇石

少弐公園 元寇の碇石

蒙古襲来 壱岐の地に刻まれた壮大な戦国ドラマ

壱岐は1274年に蒙古軍と高麗軍の連合軍である元軍を(文永の役)、1281年に対馬を襲った蒙古東路軍を(弘安の役)迎え撃ち、多くの被害に遭いました。島内には弘安の役で、壱岐を防衛するため守護代に任命され、弱冠19歳の若さで戦死した少弐資時(しょうにすけとき)を祀った神社や墓など、ゆかりの地があります。少弐公園は海を見渡せる絶景のポイント。散策しながら当時の勇姿を思い描いてみては。

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