長崎県観光マイスター

長崎県では、県内の観光活性化に活躍している方の業績を讃えるとともに、県内各地の観光振興の取り組みに対する助言等、本県の観光振興に広く協力していただくことを目的に「長崎県観光マイスター」として認定しています。
キリシタン文化、歴史、自然…。平戸の素晴らしい素材を新しい切り口で観光に繋げる仕掛け人。

籠手田惠夫 こてだよしお NPOひらど遊学ねっと理事長

略歴

昭和17年長崎県平戸市生まれ
昭和39年東京外国語大学英米科卒業
昭和39年日本交通公社(現JTB)入社
昭和62年(株)JTBヨーロッパ取締役に就任・英国ロンドン駐在
平成14年同社定年退職
平成14年平戸に帰郷し、平戸観光ウェルカムガイドに入会
平成16年同ガイドのNPO法人化と同時に理事就任
平成18年長崎県観光マイスター就任
平成19年 NPO法人ひらど遊学ねっと理事長就任
平成24年 NPO法人ひらど遊学ねっと理事長退任
平成24年 NPO法人平戸観光ウェルカムガイド理事長就任

取り組みの内容

JTBでのノウハウを生かし、平戸キリシタン紀行などの新しい旅行商品の開発、ツアーガイド、そして第3種旅行業の取得と、これまでの平戸観光に一石を投じる。その波紋は地元の人をも動かし、農業や漁業など、民泊を生かした体験ものや、歴史を掘り起こした町づくりなど、平戸を再認識する新しい観光が生みだされている。

世界中を、日本中を旅して分かった平戸の魅力

籠手田惠夫さん 履歴からも分かるように籠手田さんは旅行関係のプロである。
退職しても、旅行はもちろん、歴史・文化・芸術探訪、演劇はとくに歌舞伎という多彩な趣味を兼ねて日本全国、世界の主要観光地を訪問。
現地での実地体験に加え、観光促進や観光開発の国際会議、二国間経済会議、国内観光会議など多数参加している。
世界を見つめ続けた籠手田氏が、郷里・平戸に戻って感じたことが「日本の原風景が残る平戸の自然の素晴らしさ」だった。
赤い平戸大橋を渡るとき、そこから見える紺碧の海と島影…。渡り終えると右手に平戸城が立ち、左手の山の間からは三重の塔、正面あたりには教会も望める。
市街地に入れば個性を保ったままの古い民家や商店街…。今の時代にコンビニやチェーンレストランなどが進出していない町並みなど存在しないのではあるまいか。
そんな感動を覚えつつ、さらに南下すると、牧草地が広がる川内峠に、透明度の高い海の広がり…。
平戸市の2割が西海国立公園であるがゆえに残された悠久なる自然と大地は、籠手田氏の心を捉えて離さなかった。


ボランティアガイドを手始めに、平戸観光を模索する

籠手田惠夫さん 先に平戸入りしていた奥さんが、「平戸観光ウェルカムガイド」に入会しており、自分も当然やる気に。
日本人観光客をはじめ、得意の英語を使った外国人相手のボランティアガイドも精力的にこなし、平戸の魅力を十分に身につけた。
もちろん、平戸史談会や古文書を読む会に所属する一方、平戸歩こう会の会員として平戸の自然も楽しむなど、様々なことに首をつっこんで勉強し、そして気づいた。「平戸は狭いけれども、海や緑といった自然にプラスして、古代からの禅やお茶、菓子といった文化、ポルトガルやオランダとの貿易や城下町としての歴史など独特のものがいっぱいある。もったいない。
もっと観光につなげられないものか…」と。かの山頭火さえも行乞日記に「日本は世界の公園、平戸は日本の公園」と書き残している。
実際に今でもその風景が残っているのだ。平戸市はこの大切な景観を残すために、高い建物などを建てないよう「景観条例」を制定した。

「眺め」

「眺め」
崎方公園から望む平戸市街地。港を取り囲むように平戸城、聖フランシスコ・ザビエル記念教会、松浦史料博物館があり、風光明媚な場所となっている。

そして、平戸の町の歴史的意味を知ってもらい、町あるきをもっと充実したものにするため、由緒ある通りに名前をつける「通り名」を設置し、その名前の由来や歴史、地域の情報を盛り込んだ古図風マップを作成した。さらに、農産物の復興にも意欲を見せていた。
ある時、平戸ざぼんの畑が10年も作られないままで荒れ放題になっているという話を耳にした。平戸ざぼんと聞けば、地元の人はさっぱりとした味で食べ親しんだ懐かしい果物である。
それが今は食べられないのである。それはもったいないと、ざぼん園の復活を目指し1年がかりで整備した。
今年平成21年2月には最初の収獲で喜び合ったという。また、平戸の自然、とくに植物の多様性を満喫してもらうためのトレッキングコースの開発するなど、籠手田さんの企画はとどまることを知らない。


平戸キリシタン紀行の商品化

籠手田語録さん
「籠手田さんと寺院と教会」

「籠手田さんと寺院と教会」 光明寺と聖フランシスコ・ザビエル記念教会が重なりあって見える平戸の一押しスポット。

平成19年に「長崎の教会群とキリシタン関連遺産」が世界遺産暫定リストに登録された。
20もの教会群の中から、平戸の教会の名が2つもあった。籠手田氏はそれらが登録される以前から、平戸に残る教会の貴重さは十分に承知していた。
キリスト教の布教から禁教政策、多くの信者が殉教し、隠れキリシタンとなった平戸独特の信仰、そして教会建築物の美しさ…。

先見の明を備えていた籠手田氏は、世界遺産暫定リスト登録の4年も前から観光ルートを考案し、多くの観光客を案内してきた。
歩いて回るコースをメインに、要予約でタクシーコースやマイクロバスコースなど、様々なニーズに対応したこのルートは平戸市のメイン観光の一つとなっている。


ガイドの育成と地域コーディネーターの必要性

籠手田惠夫さん
「階段道」

「階段道」
昔から残る長屋の民家の横からは、こんな細い路地の階段道が。ここも通り名が付けられる予定だ。

観光に向けた様々な商品が先にできても、それを実際に案内してくれる「人」が必要になってくる。
しかもできるだけ質の高い人を育成することが求められる。それは、ガイドする人こそが大切な観光情報を発信する人となるからだ。
しかし、現在、ボランティアで協力してくれる人の育成が遅れている現実がある。平戸観光はこの人材育成が今後の大きな課題になるだろう。
また、同時に地域の素晴らしい素材を掘り起こし、商品化することができる地域コーディネーターも必要になってくる。
これも人数が必要で、役割分担しながら、団結していくことが問われている。農業や漁業など体験の窓口も一つにし、行政もサポートしていくことだと語る。


今後の平戸観光のあり方

籠手田惠夫さん

籠手田語録

●日本人と外国人は行動が違う
●他とは違った切り口の観光を
●自分のまちを好きにならないと
 ガイドはできない
●人が情報発信していく大切さ

現在、まち歩きから漁師体験、キリシタン文化など体験メニューはかなり増えてきているという。今後は滞在時間をもっと伸ばし、民泊までもっていきたい…と籠手田氏。特に漁業体験は人気体験になっており今後も力を入れていきたいところ。それに、平戸は海からの眺めがとても美しい。緑一色に見える山々の稜線、岩肌に見られる自然の驚異など見どころ満載である。
そういうことから海のクルージングや磯あそびなど海を生かした観光体験も面白いのでは?と提案している。

「石畳み」

「石畳み」
石畳も江戸時代からのものと言われ、日本の風景美が残る。

旅行のキーワードは「非日常」。籠手田氏はイギリスの旅行会社のツアーで年に14回もある「将軍ツアー」を受け入れボランティアでガイドしている。その外国人客が東京から京都、長崎というルートを通って平戸に来ると、「やっと日本の伝統的な風景が見られました」と嬉しそうなのだという。
つまり、東京からここまで来る道中、ずっと同じような箱ものばかりを眺めてきていて、平戸でやっと実際に日本人が生活している場所に出会えたというのだ。
籠手田氏は繰り返す、「平戸には、日本が失ってきた原風景と自然が、そして歴史と文化が奇跡的に残されている希有なまち」だと。この素晴らしい財産をなんとか多くの人に見て知ってもらいたい!そんな熱い思いで、籠手田氏は日々精力的に講演会やガイド育成、観光会議に出かけている。

問合せ先

特定非営利活動法人 平戸観光ウェルカムガイド
長崎県平戸市崎方町776-6
電話:0950-23-8210
ホームページ:
平戸観光再発見 達人Navi平戸 社団法人平戸観光協会
平戸観光ウェルカムガイド