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教会めぐり

【大村・西彼半島エリア】検索の一覧

大村・西彼半島エリア

 1563年、大村純忠が日本最初のキリシタン大名になると、領民3万人のほとんどがキリシタンになったといわれます。ところが純忠の長男である大村藩初代藩主の喜前は、大村藩の存続のために棄教し、その後、藩は過酷なキリシタン弾圧をおこないました。キリシタンは辺境の西彼半島のさらに西岸へ。痩せた石ころだらけの斜面を耕しながら、息をひそめ信仰を守り続けました。遠藤周作『沈黙』の舞台です。
 1879年、この地に赴任したフランス人神父マルコ・ド・ロ神父は、美しい教会を建て、いわし網工場や救助院を設け、33年の間人びとの暮らしに深く添いながら清貧と献身の生涯を終えました。すべての道が教会へ続くような出津の佇まいは、そんな神父の精神を映すものなのでしょう。

教会堂

川棚教会 1 川棚教会
川棚の百津郷一帯は、戦時中、魚雷をつくっていた海軍工廠があった。戦後、長崎教区は…
植松教会 2 植松教会
禁教下、キリシタンが姿を消した大村藩城下。明治20年代、竹松郷にクザン司教らが土地を購入し…
水主町教会 3 水主町教会
1958年に植松小教区から独立した、大村の町の中心部にある教会。1983年に現教会堂が建つ…
諫早教会 4 諫早教会
諫早へは、昭和の初め、長崎、大村から信徒の転入があり、当初、大村の竹松教会に行っていたが…
小長井教会 5 小長井教会
佐賀県との境界に、1953年、コンベンツアル聖フランシスコ修道会小長井修道院が設立され…
湯江教会 6 湯江教会
1960年、コンベンツアル聖フランシスコ修道会が、養護老人ホームの施設をつくり…
時津教会 7 時津教会
長崎市のベッドタウンとして、また工場誘致などで人口が増えた時津町に、1979年…
間瀬教会 8 間瀬教会
大島の西側にある太田尾教会の巡回教会で、1957年、大島の炭鉱で働くカトリック信徒のために…
太田尾教会 9 太田尾教会
大島の新田開発で、外海神ノ浦から1820年に移住してきているという。1883年…
長与教会 10 長与教会
大瀬戸教会 11 大瀬戸教会

バチカン公式巡礼地

放虎原殉教地 1 放虎原殉教地
大村の処刑場跡。支倉常長ら慶長遣欧使節をローマに案内したソテロ神父や郡崩れの…
首塚 2 首塚
郡崩れのとき、放虎原で処刑された131人の殉教者たちの首が、キリシタンの妖術で…
胴塚 3 胴塚
郡崩れの131人の殉教者の胴体を埋めたと伝えられる場所。
獄門所跡 4 獄門所跡
郡崩れで処刑された131人の殉教者の首が塩づけされ、20日間晒されたという場所…
鈴田牢跡 5 鈴田牢跡
1617(元和3)年から5年間、宣教師たちが収容された牢屋跡。4年間入牢した…

巡礼関連地

大村純忠終焉の地(坂口館跡) 1 大村純忠終焉の地(坂口館跡)
日本初のキリシタン大名大村純忠が隠居し、1587(天正15)年、55歳で亡くなった地…
横瀬浦(横瀬浦公園) 2 横瀬浦(横瀬浦公園)
横瀬浦は、イエズス会が宣教活動のために大村純忠と協定を結んで開かれた港で…
中浦ジュリアン記念公園 3 中浦ジュリアン記念公園
天正遣欧使節の副使・中浦ジュリアンは、ヨーロッパの記録で中浦の領主の子であり…
東彼杵町二十六聖人乗船の地 4 東彼杵町二十六聖人乗船の地
26聖人が殉教への道の途中、1597年2月4日の午後、佐賀の嬉野から、この彼杵に降り…
三城城跡 5 三城城跡
大村純忠が1564年に築城した。1572年、後藤氏、西郷氏らに包囲…

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