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HOME法人・団体向けサイトロケ・撮影長崎で撮影された作品 > 映画「長崎ぶらぶら節」

ロケ・撮影

長崎で撮影された作品 映画「長崎ぶらぶら節」

とにかく長崎は「異国情緒豊か」が売り文句だが、この「長崎ぶらぶら節」で、花街・丸山がスポットを浴びたことによって、これまで眠っていた長崎の中の「和」の文化が表舞台へ躍り出た!

ロケスポット 撮影エピソード

ゆかりのある地1「史跡料亭 花月」

史跡料亭 花月「精霊流し」でも撮影に使われた「花月」。
本作では、古賀が芸者遊びをしたところ。芸者同士で啖呵を切る場面など数多い。
現場で撮影はされなかったが、京都の撮影所に実物そっくりのセットを組んで使用された。

ゆかりのある地2「愛八の墓」

上小島にある愛八の墓。道に書かれた「ぶらぶら散策」のマークをたどれば、道に迷わない。
ゆるやかな、のぼり坂が続く難所。

ゆかりのある地3「梅園身代わり天満宮(記念碑)」

梅園身代わり天満宮(記念碑)愛八がお雪の回復を願って裸足で、お百度参りをしたところ。記念碑も登場し、県外人の撮影スポットになっています。
昭和40年頃までは、丸山の芸者衆も多く参拝していたという。恋の歌にはじまる「恋みくじ」は、若い人に人気です。節分前後には、美しい梅が咲き誇ります。

ロケ地1「諏訪神社」

諏訪神社弘治の頃(1555~1557)、信濃の諏訪社から御霊分けされ、当初現在の寺町にある長照寺付近に祀ってあったといわれる諏訪神社。戦国時代、キリシタン大名・大村氏によって破壊されたが、寛永2年(1625)、肥前唐津の初代宮司・青木賢清(けんせい)が森崎大権現、住吉大明神、諏訪大社の3社を合祀して再興された。370余年の歴史を誇る異国情緒豊かな『長崎くんち』は、この諏訪神社の秋の大祭だ。

ロケ地2「崇福寺」

崇福寺ポスターにもなった崇福寺。国宝2、国指定重要文化財5ほか、県指定有形文化財以下全部で21の文化財を擁する、文化財の多さでは西日本有数の寺院。寛永6年(1629)、長崎に在留の福州人達が故郷の唐僧・超然を迎え入れ創建された唐寺。 寺院内には文化財だけではなく、コウモリや鹿、桃など中国で縁起がいいとされる意匠などがちりばめられている。時間があるならば、ぜひ隅々までよ~く観察してみよう!

ロケ地マップ

ロケ地マップ

FC担当者のエピソード

当時は、ロケ支援の経験がある職員がおらず、どう対応してよいかとまどったこともありました。何度も原作を読み、長崎の露出を少しでも多くしたいとロケハンを入念に行いました。諏訪神社でのおくんちの再現は、明治末から大正初期にかけての時代背景にあった格好をしたエキストラ1000人を集めたり、天候などによる突然のスケジュールの変更の対応がとても大変でしたが、多くの方々のご協力をいただきました。エキストラ参加した観光の職員が銀幕デビューを果たそうと着物に日本髪と頑張っていたのが面白かったです。また、吉永さんがコッコデショ(諏訪神社の秋の祭りおくんちで奉納される、樺島町の演し物)を上に上げるたびに、ぴょんぴょんはねている姿や、ロケの合間に鼻歌まじりに歌っていたぶらぶら節に「お上手ですね。」と声をかけた時の笑顔など、可愛らしい吉永さんのことが特に思い出に残っています。

作品データ(紹介)

長崎ぶらぶら節未だ人気のロケ地をもう一度!
長崎ロケブームの草分け的存在となった作品。いまなお人気の散策ルートで、地図を片手に歩く観光客が途絶えない。長崎丸山を代表する芸者:愛八が、長崎学の学者:古賀に誘われ、長崎の民謡を探しに一緒に旅をする。

原作/なかにし礼
監督/深町幸男
脚本/市川 森一
出演/吉永小百合、渡 哲也 ほか

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