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島原の乱平定後、長崎港警備通報体制の中心的役割を果たした中継烽火台

烽火山かま跡

エリア
長崎 
テーマ
史跡・文化財  
  • 島原の乱平定後、長崎港警備通報体制の中心的役割を果たした中継烽火台
この烽火台は寛永15年(1638)島原の乱平定後、長崎を巡視した松平信綱の命により築かれ、明治元年まで存続していた警報伝達機関の一つです。野母日野山の遠見番所や近郊諸藩への中継烽火台であり、長崎港警備通報体制の中心的役割をはたした史跡地でもあります。烽火台は外壁の高さ3.6m、坑口直径4.8mの円堤で下部に3ヶ所の火入口があり、近くに薪小屋、用水池詰番所の遺構が残っており、正保4年(1647)マカオの使節が来航した時と文化5年(1808)イギリス軍艦フェートン号が入港した時に使用されました。

住 所 〒850-0011 長崎県長崎市鳴滝3丁目447番地
電話番号 095-829-1193 ((長崎市文化財課))
ホームページ 『烽火山かま跡』についてのホームページはこちらへ
交通アクセス 路面電車「新中川町」下車徒歩2時間、バス「中川町」下車徒歩2時間。
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