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初老の画家は何を思ったのか

NHK-8Kスペシャルドラマ「浮世の画家」モデルコース

エリア
長崎  
テーマ
映画・テレビのロケ地へ  
物語の舞台は終戦から数年過ぎた日本。主人公は高名な初老の画家。
焼け跡から徐々に復興の姿を見せていく街で、隠居老人の一見平和な日常生活が描かれていく。
愛すべき孫の訪問、なじみの飲み屋のママとの世間話、戦前からの旧友との邂逅(かいこう)…。
あるとき娘の縁談が持ち上がり、そこから周囲の視線の変化に気づき始める…。
確固たる決意で国のために尽くしてきた自分が、何故非難されなければならないのか。
その一方で、過去の影に滑稽なほどおびえる自分の弱さも認識していく…。
人の心の弱さから生まれる「悲劇」、そして思い違いから生まれる「喜劇」。
繊細で緻密なカズオ・イシグロの物語を最新8K撮影で映像化。独特の世界観を丁寧に描きだします。


8Kスペシャルドラマ「浮世の画家」

【放送予定】
NHKBS8K 2019年3月24日(日) 21:00~22:30
NHK総合   2019年3月30日(土) 21:00~22:30

【原作】カズオ・イシグロ『浮世の画家』

【脚本】藤本有紀

【音楽】三宅 純

【出演】渡辺 謙、広末涼子、前田亜季、寺田 心、中村 蒼、大東駿介、和田正人、渡辺大知、長谷川初範、
萩原聖人、秋山菜津子、前野朋哉、佐藤隆太、佐野史郎、余 貴美子、小日向文世、奥田瑛二 ほか

【制作統括】内藤愼介、海辺 潔

【演出】渡辺一貴


番組公式サイトはこちらから

撮影が行われたスポットや、関連スポットを旅してみましょう!

    寛永6年(1629)、福州地方の唐人たちの希望で、唐僧超然が招かれ建立されました。

    崇福寺は、寛永6年(1629)、福州地方出身の長崎在住唐人が中心となって、唐僧・超然(ちょうねん)禅師を招き創建した黄檗宗寺院で、福州出身者で建立されたことから「福州寺」とも呼ばれていました。また、興福寺は南京地方出身者の建立によるもので南京寺と呼ばれています。
    市内鍛冶屋町にあり、竜宮門を思わせる三門や珍異奇巧を極めている第一峰門があります。
    殿堂内の仏像仏具類は、いづれも中国人名匠の手によるもので、明朝末期文化の縮図といえるものです。
    第一峰門と大雄宝殿は国宝に指定され、その他にも国指定重要文化財5、県指定有形文化財4、市指定有形文化財10をもつ文化財の宝庫です。
    長崎の唐寺の特色は媽祖堂をもつことで、媽祖は海の神様であり、当時、唐船主たちが航海安全を祈願してまつったものです。
    1655年に黄檗宗の開創である中国臨済宗の高僧隠元禅師が住職を勤めたことがある黄檗寺院であり、 崇福寺の後山、開山堂の真裏に崇福寺三塔があります。中央の塔は隠元禅師の寿塔、向かって右の塔は即非禅師 舎利塔、左の塔は千呆の寿塔です。


    【ロケエピソード】
    崇福寺では、幻想的なシーンを撮影するため、撮影の3か月前からスタッフが挨拶回り、打合せ、ロケハンを重ね、さらに撮影の1週間前から提灯を装飾する準備が進められました。 国宝がある崇福寺では大切な文化財を守るため、建物に負担がないよう最大限の配慮しながら、 約50個の提灯が準備され、配線作業が完了しました。 撮影当日、提灯に明かりが灯され、薄明りを背景に、物思わしげに夕景を見つめる主人公の師匠・モリさん(小日向文世さん)と青年時代の小野(中村蒼さん)が会話するシーンや師匠となった小野(渡辺謙さん)と弟子の黒田(萩原聖人さん)が会話するシーンが撮影されました。

    • 住所:  〒850-0831長崎県長崎市鍛冶屋町7-5
    • 電話番号:  095-823-2645
    • 営業時間:  8:00~17:00
    • 休日:  年中無休
  • 「崇福寺」から「ヘイフリ坂」まで歩いて約10分

    名前の意味を誤解しがち?ヘイフリ坂

    大音寺と皓台寺、長照寺と延命寺の間の、いずれも風頭山頂へと続く坂道。寛永15年(1638)、当時諏訪神社は現在の諏訪町(寺町周辺)にあったが、その諏訪神社の大鳥居(現在の二の鳥居)を造るため石材を風頭山から切り出し運びました。途中、あまりに石が大きくて人々が思いあぐねていると、一人の宰領が突然石の上に乗り御幣を振って励まし、何とか石材を麓へ下ろす事ができた。この坂の名前の由来は、そのときの光景からきている、つまり「幣振り坂」。違う意味に考えた人も多いのでは?
    ちなみに筑後町、東本願寺横の坂も同じ意味でヘイフリ坂と呼ばれています。

    【ロケエピソード】
    長崎市寺町にある大音寺と晧台寺の間にあるヘイフリ坂にて、番組の冒頭に登場するためらい橋に向かう初老の男性(小野)が坂道を下るシーンと、中盤に小野が坂道を上っていくシーンの2シーンが撮影されました。
    1シーン目は和装、2シーン目は洋装に着替えて登場した主演の渡辺謙さん。現場ではスタッフと和気あいあいで、気さくに話すお姿が印象的でした。
    このドラマの時代設定は昭和20年代のため、「現代物」と呼ばれる撮影する設定の時代にない「手すり」や「看板」などは映像で見えてはマズイもの。美術スタッフたちが現代物を隠すため、黒のシールで巻いたり撤去したりして奮闘しました。

    • 住所:  長崎県長崎市
  • 「ヘイフリ坂」から「大音寺」まで歩いて約1分

    長崎三大寺のひとつ

    皓台寺、本蓮寺とともに長崎三大寺といわれる大音寺。
    白亜が印象的な本堂の裏手には、市指定天然記念物の樹齢300年は越えていると思われる樹高20mほどのイチョウの木があり、そのほかにも本堂に上がる石段脇にそびえ立つクロガネモチの大木などこの寺には見上げる程の大木が立っています。
    長崎奉行とゆかりの深い地ということから文化5(1808)年に発生したフェートン号事件の責任を取り自害した長崎奉行松平図書頭康英の墓もあります。 長崎市の史跡に指定されている大きな五輪塔です。
    また、本堂横の階段を上った後山の墓地には、16世紀末から17世紀初頭にかけて活躍した朱印船貿易商 荒木宗太郎の墓地(市指定史跡)があります。
    ここには、宗太郎がベトナムから妻として迎え、長崎の人々から「アニオーさん」として親しまれた王族阮氏の娘、王加久戸女(わかくとめ)が宗太郎とともに眠っています。

    【ロケエピソード】
    ヘイフリ坂のすぐ横にある、大音寺。
    渡辺謙さんの支度場 所や、撮影機材車両の駐車場所としてご協力いただきました! たくさんの尾曲がり猫に癒される女性撮影スタッフが多かったです。

    • 住所:  〒850-0831長崎県長崎市鍛冶屋町5-87
    • 電話番号:  095-824-2367
  • 「大音寺」から「興福寺」まで歩いて約10分

    元和6年(1620)に渡来した真円によって開基されたわが国最初の唐寺

    当時、日本に来る中国人の中にはキリスト教徒がいたため、長崎奉行は唐人の宗教についても厳重に調査をしていましたが、在留唐人等は自ら進んでその証明を行い、かつ、海上の安全祈願と故人の冥福を祈るため寺を建てようということになりました。
    第2代住職の黙子如定は眼鏡橋を架設したことで有名であり、第3代の逸然は長崎漢画の祖として有名です。
    また、逸然は当時中国でも高僧の評判が高かった隠元を招くことに成功し、全国から多くの僧がここへ教えを受けに来ました。 境内には国指定重要文化財の唐人屋敷住宅門や県指定有形文化財の三江会所の門(江南・浙江・江西)、日本三聖堂の一つといわれた長崎聖堂の大成殿と杏檀門(大学門)があります。

    【ロケハンエピソード】  
    ここでは撮影は行われていませんが、撮影スタッフ一同がロケハンで訪れた場所です。
    ご住職様から熱心に長崎の歴史について学ばれている監督らの姿が印象的でした。

     

    • 住所:  〒850-0872長崎県長崎市寺町64番地
    • 電話番号:  095-822-1076
    • 営業時間:  7:00~17:00
    • 休日:  年中無休
  • 「興福寺」から「新中川町」まで歩いて約10分 or 車で約5分
    Spot 5
    【関連スポット】新中川町

    カズオ・イシグロさんが幼少期に過ごした町

    長崎市街地の東部に位置するエリア。
    長崎市新中川町という場所はカズオ・イシグロの原点です。 

    【ロケハンエピソード】
    ここでは、撮影は行われていませんが、一番最初のロケハンの際、監督がどうしても見たい場所として訪れました。ここが「浮世の画家」を含めた文学の芽が生まれ育った場所であると考えると、スタッフらを誇らしい気持ちにしてくれました。

    • 住所:  長崎県長崎市新中川町
  • 「新中川町」から「聖福寺」まで歩いて約20分 or 車で約10分

    興福寺、崇福寺、福済寺とともに「唐四カ寺」または「長崎四福寺」と呼ばれて広東寺と呼ばれたこともあります。

    1677年木庵の法子・鉄心道胖により創立され、寺の創建については鉄心の母方である唐通事・西村家から多大の寄付がありました。 1694年西村作平次により寄進され、1718年改鋳された梵鐘は鉄心の大鐘として有名です。
    1780年長崎異変のときには、佐賀鍋島藩が陣所として使用することを認め、1836年には境内の四休庵を遠見番所として使用する許可を与えました。1805年以降は異船襲来の場合、大鐘の左右につけた両撞木で早鐘をつくことになりました。
    山門、天王殿、大雄宝殿は県文化財に、惜字亭、石門、梵鐘、黄三禅師次韻は市文化財に指定されています。
    境内には「ジャガタラお春の碑」「団十郎供養碑」「鉄心椿」などがあります。

    【ロケハンエピソード】  
    ここでは撮影は行われていませんが、撮影スタッフ一同がロケハンで訪れた場所です。
    実は「龍馬伝」長崎ロケで長崎に来ていたことがある監督、聖福寺から見える長崎の街がフォトジェニックだと仰っていました。

    • 住所:  〒850-0053長崎県長崎市玉園町3番77号
    • 電話番号:  095-823-0282
  • 「聖福寺」から「福済寺」まで歩いて約5分

    長崎の街を見守る『万国霊廟長崎観音』が特徴的な漳州寺

    福済寺は、長崎の唐寺のなかでも大きな寺院であったといわれ、戦前には現在の国宝にあたる特別保護建築物に指定されていました。
    しかし、第二次大戦中に原爆で焼失してしまい、現在では原爆被災者と戦没者の冥福を祈って建てられた「万国霊廟長崎観音」が静かに長崎の街を見渡しています。
    興福寺、聖福寺、崇福寺の「三福寺」と併せて「長崎四福寺」とよばれる黄檗宗の由緒あるお寺です。

    【関連動画】
     

    • 住所:  〒850-0052長崎県長崎市筑後町2番56号
    • 電話番号:  095-823-2663
    • 営業時間:  7:00~17:00
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