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さだまさしの笑いと涙に彩られた自伝的小説「かすてぃら~僕と親父の一番長い日」のドラマ化作品!

ドラマ「かすてぃら」ロケ地さるく&モデルコース

エリア
長崎  
テーマ
映画・テレビのロケ地へ  
「精霊流し」「眉山」などの名作を生んだ作家・さだまさしの笑いと涙に彩られた自伝的小説「かすてぃら~僕と親父の一番長い日」のドラマ化作品。 裕福な材木商の一家が一転、事業が行き詰まり豪邸から長屋へお引越し。小学校5年生の雅志も大好きなバイオリンを辞めなくてはならない?そんな状況でも前向きな家族のもとで、雅志は大人のたくましさを学び、暖かい愛情に包まれながら音楽への道を邁進する・・・。 抱腹絶倒の父の武勇伝を中心に、温かな笑いと涙あふれる家族や故郷の人々との交流と、少年・雅志の成長を描いた、昭和家族ドラマの決定版!そんなドラマのロケ地をめぐってみましょう!

    長崎へようこそ!!

    長崎県長崎市尾上町にある、九州旅客鉄道の駅。
    長崎県の県庁所在地、長崎市の中心駅であり、長崎本線の終着駅でもある。

    ◎みどりの窓口(乗車券・指定券・割引きっぷ・定期券など) 営業時間 5:40~22:00 年中無休

    ◎JR九州旅行 長崎支店 (国内旅行・海外旅行・航空券など) 営業時間 平日10:30~19:00 土日祝10:30~18:00 年中無休
    ※年末年始営業なし インターネット予約取扱い 5:40~23:20 きっぷの受取り可能  電話番号095-822-0063

    • 住所:  〒850-0058長崎県長崎市尾上町1
    • 電話番号:  095-822-0063
  • 車で約10分

    異国の薫り漂う石畳の坂道

    居留地時代の風情が色濃く残る南山手の静かな住宅地にある坂道・どんどん坂の一角にて雅志のヴァイオリンの先生宅でのシーンや、ヴァイオリンを練習中の雅志を喜代子が呼び出すシーン等が撮影されました。 どんどん坂の古い石畳の脇には三角の形をした三角溝と呼ばれる溝があり、水流の速さを調節するために溝の形が上と下とで違うところがおもしろく、雨が降ると「どんどん」音をたてて流れるからそれが名前の由来となっています。 通りの道筋には今も現役の洋館が存在し、ロケハンの際に監督が一目で気に入った場所です。

  • 車で約10分
    Spot 3
    祈念坂

    様々な映画・ドラマのロケ地、祈念坂。

    南山手レストハウスの脇から大浦天主堂横を通る坂。狭い道ですが、大浦天主堂の先に長崎港が広がる絶好のビュースポット!作家・遠藤周作が「葡萄の香りがする」と好んだ場所とも言われています。 本物のシスターが坂を歩いているシーンを撮影したいという監督の要望で、地元のシスターに協力いただき、海と坂と教会が遠目に見える長崎らしい景色が撮影されました。

    • 住所:  〒850-0931長崎県長崎市南山手町5-3
  • 車で約5分

    市指定有形文化財・7棟の木造洋館群

    明治20年代後半頃に建築されたこれらの木造洋館は、狭小な宅地に密集した形で7棟の建物が建ち、内外とも意匠・仕上げが質素、構造上各棟がほぼ同一なことから、社宅または賃貸住宅として計画的に建設されたのではないかと推定されている建物です。昭和58~63年(1983~88)にかけて改築されました。現在6棟は居留地時代の様子を写真・ビデオで解説する東山手地区町並み保存センター、古写真・埋蔵資料館、国際交流の場・ワールドフーズレストラン東山手「地球館」として活用されています。ここでは、現金や食材を分けてもらうシーン等が撮影されました。狭い路地での撮影だったので、スタッフさんたちは自分がフィルムに映らないように必死でした。

    • 住所:  〒850-0911長崎県長崎市東山手町6番25号ほか
    • 電話番号:  095-829-1193
    • 営業時間:  9:00~17:00(古写真資料館・埋蔵資料館)
    • 休日:  月曜日(祝日の場合は開館)、12月29日~1月3日
  • 歩いて約5分

    異国情緒あふれる東山手に位置し、外国人居留地一帯の坂道

    東山手洋風住宅群など、異国情緒あふれる東山手に位置しており、近隣には日本で最初の女学校である活水学院・洋風住宅7棟があります。出島に住むオランダ人の影響か、開国後も長崎の人々は東洋人以外を「オランダさん」と呼んでいた為、当時「オランダさんが通る坂」という意味で居留地にある坂はすべてオランダ坂と呼んでいたと考えられています。現在は、主に活水学院下の坂、活水坂、誠孝院(じょうこういん)前の坂がオランダ坂と呼ばれています。 長崎でも時代を問わず撮影が可能なオランダ坂ですが、ここでは母の喜代子と雅志が並んで歩くシーンが撮影されました。オランダ坂上にある活水女子大学や東山手十二番館の協力で、現代物を隠す許可をいただき、美術スタッフさんが持ち込んだ植木や迷彩柄の布などで、昭和時代の風景を作り出しました。地元エキストラさんも早朝から夜遅くまで大活躍!

    • 住所:  長崎県長崎市東山手町
    • 電話番号:  095-822-8888
  • 車で約5分

    日本三大中華街。長崎中華を食べるならここ!

    唐船専用の倉庫を建てるために埋め立てられた新地でしたが、今では日本三大中華街のひとつとなっています。あわせて約250メートルの十字路で、東西南北全ての入り口に中華門が立ち、通りには中華料理店等が軒を連ねています。
    また秋の中秋節では、黄色の満月燈籠が、冬のランタンフェスティバルでは赤色のランタン(中国提灯)が通りを彩り、異国情緒ただよう幻想的な世界に街を彩ります。

    長崎中華といえば、やはりちゃんぽんと皿うどん。
    独特の麺、たっぷりの新鮮野菜と魚介の風味が堪能できる一品は、ぜひ一度は食していただきたい、長崎自慢の味です。

    【長崎新地中華街の歴史】
    唐船が入港すると、海岸の倉庫に積荷を搬入していましたが、元禄11年(1698)の大火で焼失しました。
    貿易荷物の搬入と運び出しの便を図り、荷物を火災や盗難から守り、また、密貿易を防ぐために、元禄15年(1702)に海岸を埋め立てて築島をつくり、蔵所(倉庫)を建て、新地荷蔵と称しました。

    幕末から明治初期になると唐人屋敷が廃止されたので、在住中国人はこの場所に移り住み、今では中華料理店や中国産の土産物店が軒を並べ、長崎独特の中国人街を形成しています。

    東西南北4ヶ所の入口には朱塗りの中華門が建っており、東門には青龍、西門には白虎、南門には朱雀、北門には玄武(蛇と亀)と、方角の神である中国伝説上の動物があしらわれています。

    • 住所:  〒850-0842長崎県長崎市新地町
  • 歩いて約5分

    中国文化との出会いの地

    寛永12年(1635)から中国との貿易を独占的に行っていた長崎港。来航した唐人(中国人)達は、はじめ長崎市中に散宿していましたが、密貿易が増加したため幕府は元禄2年(1689)、鎖国後の出島と同じように、唐人達を収容する唐人屋敷を建設しました。現在は四堂のみが修復改築され残されています。
    日本人で唐人屋敷に出入りを許されていたのは遊女と僧侶だけでしたが、唐人達は唐寺などへ出掛けていたので、長崎人と交流する機会は多かったと考えられてます。

    当時の中国からの輸入品はというと、生糸などの織物や、砂糖、薬品、香料、金属、書籍等ですが最大の輸入品はやはり中国文化。長崎を代表する行事や芸能“精霊流し”“ペーロン”“龍踊り”は、どれも唐人屋敷の中国人達が長崎に運んできた風習の名残です。時代を越えて今に息づく偉大な輸入品でした。

    • 住所:  〒850-0906長崎県長崎市館内町
    • 電話番号:  095-829-1193
  • 車で約10分
    Spot 8

    国の重要文化財に指定されている日本最古のアーチ型石橋。

    17世紀、長崎の町並みは拡大され護岸を構築し、ほぼ現在の中島川が形づくられました。このころは、キリスト教禁教の時代であり、唐文化の導入により興福寺などの仏寺が次々と建立されました。 寛永11年(1634)、興福寺の黙子如定禅師が架設したこの眼鏡橋は、長さ22m、幅3.65m、川面までの高さ5.46mで日本初のアーチ式石橋として有名です。 川面に映った影が双円を描き、「メガネ」に見えることから、この名前がついたと言われ、『日本橋』『錦帯橋』と並び日本三名橋に数えられます。 また昭和57年(1982)の長崎大水害で一部崩壊しましたが翌年復元され、国の重要文化財に指定されています。 近年では、眼鏡橋をはじめとする中島川護岸にあるハートストーンが、愛を願うパワースポットとして人気を集めています。

    • 住所:  長崎県長崎市魚の町・栄町と諏訪町・古川町の間
    • 電話番号:  095-829-1193
  • Spot 9

    南蛮渡来の長崎名物!

    カステラが日本に誕生したのは、今から400年前。

    カステラは、天正時代(約400余年前)ポルトガル人から伊藤小七郎(村山等安)らが伝授を受け、その後、京、大阪、江戸へとその製法が伝えられていきました。

    カステラの語源は、今のスペインの中央から北部にかけて治めていたカステーリャ王国のポルトガル呼称カステーラ(Castella)であるといわれています。

    カステラの製法が伝えられた頃、焼かれていたカステラは現在のカステラとかなり違っているといわれており、時代とともに味や風味の改良が行われ今日に至っています。
    明治時代には当時珍重されていたチョコレートを加えた新商品が開発され、現在でも、みかんカステラ・抹茶カステラ・チーズカステラなどカステラに様々な味を加える試みが盛んに行われています。

    • 住所:  長崎県長崎市 
    • 電話番号:  095-820-6568
  • 歩いて約10分
    Spot 10
    大井手橋

    大井手橋は、カステラの耳をほおばるシーンで撮影!

    中島川沿いでは、たくさんのシーンが撮影されました。中でもタイトルになっているカステラの耳の部分をほおばるシーンは、大井手橋下で撮影。カステラは地元のカステラ店で購入したものです。

    • 住所:  〒850-0801長崎県長崎市八幡町3-32
  • 歩いて約5分

    中島川に架かる石橋の壮大さと歴史ある風情

    大川と呼ばれていた今の中島川に1634年最初の石橋眼鏡橋が架けられて以後、17世紀末までに中島川と直交する道路筋のほとんどに石橋が架けられました。 最多時にはこの水系だけで17~18基を数え、崩流滅失の際も石橋で再架され、中島川石橋群としての景観を誇っていましたが、昭和57年7月の大水害でその多くを失ってしまいました。 桃溪橋と袋橋は大水害で一部損傷しましたが、その後原形に復元され、高麗橋は平成5年3月に西山ダム下に移築復元されました。 また阿弥陀橋は、現在移築復元場所を検討中であり、石材は平山台に保管されています。 「かすてぃら」のロケ時は、桃渓橋等で撮影が行われました。雅志が土手の下に咲いた真っ赤なバラを、母・喜代子のために取りに行くシーンが撮影されました。実際に橋から崖を下るシーンのため、スタントマンが手伝いながら安全第一の撮影。翌日に雨で川が氾濫したため、撮影隊の中にとてつもない晴れ男か晴れ女がいるのでは?と盛り上がりました。

    • 住所:  長崎県長崎市中島川
    • 電話番号:  095-829-1193
  • 車で約5分
    Spot 12

    興福寺、崇福寺、福済寺とともに「唐四カ寺」または「長崎四福寺」と呼ばれて広東寺と呼ばれたこともあります。

    1677年木庵の法子・鉄心道胖により創立され、寺の創建については鉄心の母方である唐通事・西村家から多大の寄付がありました。 1694年西村作平次により寄進され、1718年改鋳された梵鐘は鉄心の大鐘として有名です。1780年長崎異変のときには、佐賀鍋島藩が陣所として使用することを認め、1836年には境内の四休庵を遠見番所として使用する許可を与えました。1805年以降は異船襲来の場合、大鐘の左右につけた両撞木で早鐘をつくことになりました。 山門、天王殿、大雄宝殿は県文化財に、惜字亭、石門、梵鐘、黄三禅師次韻は市文化財に指 定されています。境内には「ジャガタラお春の碑」「団十郎供養碑」「鉄心椿」などがあります。ここでは雅人と雅志が方を並べて座り、おばあちゃんのおにぎりに込められた意味を話すシーンが撮影されました。スタッフさんが苦労したのは搬入作業。 重い機材を抱え、何十段もある階段を登る重労働に支えられての撮影となりました。

    • 住所:  〒850-0053長崎県長崎市玉園町3番77号
    • 電話番号:  095-823-0282
  • 車で約5分
    Spot 13

    また、長崎へお越しください!!

    長崎県長崎市尾上町にある、九州旅客鉄道の駅。 長崎県の県庁所在地、長崎市の中心駅であり、長崎本線の終着駅でもある。 みどりの窓口(乗車券・指定券・割引きっぷ・定期券など) 営業時間 5:40~22:00 年中無休 JR九州旅行 長崎支店 (国内旅行・海外旅行・航空券など) 営業時間 平日10:30~19:00 土日祝10:30~18:00 年中無休※年末年始営業なし インターネット予約取扱い 5:40~23:20 きっぷの受取り可能 電話番号 095-822-0063

    • 住所:  〒850-0058長崎県長崎市尾上町1
    • 電話番号:  095-822-0063
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