長崎県について知る

地理と気候

日本列島の最西端に位置する長崎県は、九州地方の北西部とその西の海域に浮かぶ壱岐(いき)・対馬(つしま)・五島(ごとう)列島など、数多くの島々から成り立っています。東シナ海を隔てて朝鮮半島や中国大陸に面していることから、古くから対外貿易の拠点であり、外来文化の入口として大きな役割を担ってきました。

平地が少なく、起伏に富んだ地形の長崎県。海に囲まれ、複雑な地形のため、その海岸線の延長は北海道についで全国2位(北方領土を除くと全国1位)の長さを誇ります。また、長崎県は多くの島々をもち、湾や入江が多く、個性豊かな特色を持つ景観を楽しむことができます。2つの国立公園、2つの国定公園、6つの県立自然公園をもつという恵まれた自然環境も、長崎県の地形が生んだ魅力の一つ。1991年(平成2)に噴火した雲仙・普賢岳を有する島原半島には、活火山地帯であることから多くの温泉があります。

暖流の対馬海流が流入する長崎県の気候は、温暖で寒暖差も少なく、日本で最も暖かい地帯に属しています。ただし、降水量は年間平均2,000mmと、日本の中でも雨量が多い県でもあります。そしてもう一つ、特徴的な長崎県の気象が黄砂現象。大陸の黄土が偏西風に乗って長崎上空に達すると、空が黄色く霞(かす)んで見えるというもので、長崎に春を知らせる兆しでもあるのです。

地理と気候イメージ1
地理と気候イメージ2
左:雲仙地獄、右:九十九島

歴史と文化

長崎県は、朝鮮半島や中国大陸へ近いという地理的条件から、古くから外交や貿易の玄関口として、日本文化へ大きな役割を果たしてきました。1570(元亀元)年、長崎がポルトガル貿易港として開港されて以降、長崎ではオランダ貿易やポルトガル貿易、中国貿易が盛んに行われ、多くの西洋やアジアの文化が流れ込んできました。カステラやちゃんぽんなどの食文化のほか、長崎の夏の風物詩「精霊(しょうろう)流し」や長崎の秋を彩る「長崎くんち」、朝鮮王朝の朝鮮通信使の行列を再現する「対馬アリラン祭り」などの祭りにも、日本文化と海外文化の融合した独特の風情を見出すことができます。1633年(寛永10)の徳川幕府による鎖国政策により、平戸港は閉鎖され、長崎の出島が唯一の海外窓口となりました。日本の外国貿易は中国とオランダに限られ、長崎はヨーロッパ文明を一手に受け入れる玄関口として繁栄し、その状態は鎖国の状態が解かれるまで、約200年もの間続きました。また、ポルトガル貿易の隆盛と同時に、キリスト教の布教も活発に行われるようになり、着実に教徒を増やし広がりを見せていったものの、1587年(天正15)、豊臣秀吉によるキリスト教禁教令の発布により、キリシタンにとって受難の時代が訪れました。長崎でも26名の宣教師や信徒が処刑される事件が起き、その殉教の様子は今も「日本二十六聖人殉教地」に見ることができます。

第二次世界大戦末期の1945年(昭和20)8月9日午前11時2分、広島につぎ、2発目の原子爆弾が米軍爆撃機によって長崎市へ投下されました。すさまじい爆風や放射線、数千度にも及ぶ熱により、一瞬にして長崎は廃墟と化し、多くの尊い生命が奪われ、原爆の放射線による苦しみは被爆から50年以上経った今もなお、数多くの人を苦しめ続けています。長崎の街中では被爆の様子を色濃く残す史跡や遺構を今も見ることができますが、これらを見学する事で、原爆を歴史上の遠いできごととしてではなく、絶対に二度とあってはならない惨禍だととらえ、その恐ろしさと平和の大切さをぜひ感じ取ってください。

歴史と文化イメージ
左上段:精霊流し、左中段:出島、左下段:対馬アリラン祭り
右:長崎くんち

伝統と産業

長崎は、水産業、石炭産業、造船業、観光を柱に戦後復興を行ってきました。石炭産業は一時期活況を呈したものの、エネルギー革命によって炭鉱は次々と閉山し、長崎の石炭鉱業は終わりを告げました。そして長崎の基盤産業である造船業は、大手造船所を中心として世界トップクラスの技術を誇ります。多様なニーズに応えられる造船所の充実は、長崎の産業の核心となっており、現在では航空機やロケットエンジン、ボイラー、発電プラント、焼却場などへの造船技術の応用も見られます。また、水産業、水産加工業においても日本でトップクラスの生産量を誇ります。ほかにも波佐見焼・三川内焼という約400年の歴史をもつ窯業、東洋や西洋文化が融合した独自の文化や街並を生かした観光業なども地域産業の発展に貢献しています。

地理や風土から生まれた独自の文化と、中国やポルトガル、オランダなどから入ってきた海外の文化を融合させて新たな文化を創り、育み受け継いできた長崎の伝統の数々。奈良時代に遣隋使が日本に持ち帰ったのが初めとされる「長崎べっ甲」は、南海でとれたタイマイの甲羅から美しい装飾品を作る伝統細工。中国刺繍の技術を基に長崎独自の絵柄で発展させ、長崎を代表する大祭・長崎くんちで踊町の衣裳や傘鉾に残されてきた「長崎刺繍」。ポルトガル語でガラスを意味し、ポルトガル人の手によってもたらされた「長崎ビードロ」や遊びによって受け継がれてきた「佐世保独楽」、五島列島の福江島に古くから作り伝えられる「バラモン凧」など、長崎の人々が大切に守り続けてきた伝統と技がたくさんあります。

伝統と産業イメージ1
上段:軍艦島、下段:三菱造船所
伝統と産業イメージ2
左上段:長崎べっ甲、左下段:五島バラモン凧
右:佐世保独楽

食と物産

古くから海外との窓口として諸外国との交流を持ち、独自の文化を形成してきた長崎。なかでも食文化にはその面影を今もなお色濃く残しています。和・洋・中が融合した「卓袱(しっぽく)料理」をはじめ、中国の影響を受けた長崎名物の代表格「ちゃんぽん」「皿うどん」、南蛮文化の香りが漂う「カステラ」や「カスドース」など、海外の文化が溶け込んだ長崎独自の料理やお菓子が数多くあります。また、豊富な海の幸に恩恵を受けた「かまぼこ」や「あごだし」などの水産加工品や、長崎の地理を活かして栽培される「茂木びわ」、麦焼酎発祥の地・壱岐の「壱岐焼酎」、全国にその名を誇る「島原素麺」や「五島うどん」など、全国に定評がある特産品もあります。さらに「びーどろ(ガラス細工)」や「五島ばらもん凧」「長崎ハタ」、「波佐見焼(はさみやき)」「三川内焼(みかわちやき)」など、伝統を守りつつ、時代とともに今なお発展し続けています。

食と物産イメージ
左上段:ちゃんぽん、左下段:卓袱料理
右上段:皿うどん、右下段:カステラ