| 昭和25年 | 長崎県佐世保市生まれ |
|---|---|
| 昭和55年 | 家業である(有)タケモト「バッグショップタケモト経営」に入社 |
| 平成7年 | 同社代表取締役就任 |
| 平成8年 | 「きらきらフェスティバル」実行委員会委員長就任 |
| 平成10年 | 「YOSAKOIさせぼ祭り」実行委員会委員長就任 |
| 平成15年 | させぼ四ヶ町商店街協同組合 理事長就任 |
| 平成15年 | 佐世保市商店街連合会 会長就任 |
| 平成18年 | 長崎県観光マイスター就任 |
| 平成19年 | 地域活性化伝道師就任 |
| 平成19年 | 中小機構・まちづくりサポーター就任 |
| 平成19年 | コミュニティFMさせぼ代表取締役社長就任 |
![]() 「させぼ四ヶ町アーケード」 |
||
佐世保市は第二次世界大戦後、米海軍基地が配備され、ジャズやハンバーガーなどアメリカ文化の流入とともに国際色豊かな街として発展してきた。
加えて、平地が少なく山と海に囲まれたすり鉢状の特異な地形は、機能的な「コンパクトシティ」をつくり出していた。これは徒歩圏内に官庁をはじめ図書館、体育館、市民病院、市民グラウンドなど公共施設が集まり、そしてその中央には様々な店舗が立ち並ぶ全長約1キロという長いアーケードが横たわっているという、都市機能が集約されたシティのこと。このように恵まれた商業環境を生み出していた中、平成8年、JR佐世保駅から約6キロという近さに郊外型の大型ショッピングセンターの出店計画が明らかになる。
今まで殿様商売をやってきた中心商店街の人々にとっては、まさに「黒船の襲来」となったのである。
「このままではいかん!」と感じた竹本氏は、いち早く商店主たちに呼びかけ、活性化に立ちあがった。これまでにも、大型店の進出で日本全国の商店街が衰退していく様を、青年会議所の仕事でいく度となく見てきた竹本氏は、それが今や、佐世保も同じ道をたどろうとしている危機感に苛まれた。商店街の人々も思いは同じであった。
まず、仕事が始まる前の早朝7時から月2回の朝会議を始めた。この会議は「来る者を拒まず」という精神の下、ホテルの社長から大学生、市役所職員に市議会議員、銀行マン、学校の先生、電気業者など様々な立場の人々に参加してもらった。話し合いを進めていくうちに、商店街の役割とは一体何か?ということになった。
それは経済的な役割はもちろん、人が出会う交流の場という役割、そして情報を発信するなど、市民参加型のイベントや祭りを設ける文化的な役割が必要であることの3つが上がった。商品の品揃えや価格競争で大型店とまともにぶつかりあっても意味がない。「それじゃ、人が集まる商店街にしよう!」と考えられたのが、イルミネーションを使った灯りのイベント「きらきらフェスティバル」だった。
![]() 「きらきらフェスティバル」 |
||
「きらきらフェスティバル」は、毎年11月中旬から12月末までの約1ヶ月半、商店街を100万個もの電球でライトアップするもので、平成8年にスタートした。
メイン会場である島瀬(しまのせ)公園では、隣接する美術館の壁に、応募によって選出された灯りの絵が飾られ、毎年の話題になっている。
イベントは年を追って工夫されてきた。商店街を会場にした本当の結婚式「きらきらウェディング」、週末の「ハンバーガー早食い大会」、クリスマスにちなんで「市民で歌う第九合唱」、ほかに「仮装大会」から「キャラクターショー」まで盛りだくさん。なかでも全長約1キロに及ぶアーケード「さるくシティ4○3アーケード」を会場とした「きらきらチャリティ大パーティー」は圧巻である。これは会社仲間や友人、家族などグループでの参加を募り、1人1000円の参加費(テーブル、パーティハット、乾杯用ドリンク付き)によって成り立っている。
食べ物と飲み物は持ち込みとなり、佐世保市長の乾杯の音頭で市民あげての大忘年会を催すものだ。これが実に楽しい。まずアーケードの中央にズラリと並べられた持ち込みの料理の凄さ、参加人数5500人!という人々の熱気、皆が一緒になって「かんぱ〜い!」と発するときの感激!ここにいる全ての人と楽しむ心地良さ…。
このユニークな企画は来場者の心をガッチリと捉えるとともに、全国的にも注目されることでマスコミにも紹介され、毎年参加者は増えている。
![]() 「YOSAKOIさせぼ祭り」 |
||

企画発信の場である朝会議は「若者・馬鹿者・よそ者会議」と名付けられ、アイデアの宝庫になっていた。
その会議の場でたまたまビデオ紹介された札幌の「ヨサコイソーラン祭り」に竹本氏の眼は釘付けになる。
「これはいける!のぼせもん(すぐに夢中になる)佐世保人気質にあっている」と、祭りの時期に合わせて現地の札幌へ飛んだ。帰ってくるなり、竹本氏自身が「踊り隊・さるくシティ4○3遊歩隊」を結成。その名の通り、自分自身がすっかり魅せられてしまったのだ。まずは市の恒例行事「させぼおくんち祭り」で自らが踊りを披露。
「これは楽しい!」と再確認し、すぐに実行委員会を立ち上げ、平成10年に祭りをスタートさせた。第1回目は6チームが参加。
2回目にして倍ほどの16組、3回目に名称を「YOSAKOIさせぼ祭り」にし、参加者も43組とウナギのぼり! 市制100周年を迎えた平成14年には100チームを超えた。ついには全国から踊り子たちが集まり、記念すべき第10回の平成18年には全国から146組7000人の踊り子が参加。
10月のたった3日間という短い期間にも関わらず、「さるくシティ4○3アーケード」はじめ佐世保駅前広場、体育文化館、ハウステンボスなど市内15ヶ所に会場が設けられ、総見物客27万人という驚異的な数字を打ち出したのだ。
言っておくが、これがただ単に順調に進んだわけではない。
商店街の一部からは喧しいとか、人は来るが利益につながらないなど、営利不振に対する実情があった。
それでも竹本氏は「まずは街が元気にならんといかん。そして長い目で見ていけば、いつかは経済効果に繋がっていく」と説得して回り、なんとか賛同を得てきた。
イベントは成功し、確かに人は集まってきたが、それを個店の売り上げ増に結びつけていくことがこれからの大きな課題となっている。
イベントや祭りに市民が参加するもうひとつの意味が「市民に募金してもらう」というものだ。
自治体の補助金だけに頼るのではなく、一般企業からの広告はもちろん、それプラス個人の募金を集めている。
たとえば「きらきらフェスティバル」は、「一口1000円であなたのイルミネーションが2個灯ります」と呼び掛けた。
いくらイルミネーションをまちに飾っても「きれいね」で終わっては意味がない。それよりもお金を払って自分の灯りが灯る楽しさや感動を与えること。そして自分も参加し、関わっているという自覚を持たせること。「YOSAKOIさせぼ祭り」も同じである。
参加する踊り子グループから1人1000円(小中学生は500円)の参加料をもらい、また広告を掲載した立派なパンフレットを制作し、1冊500円で販売。
もちろんこれには特典も付けており、購読者への利便性も忘れていない。パンフレットの売り上げと広告料、そしてオフィシャルスポンサーの募集と、財源を確保することに全く無駄がなかった。
もちろん補助金をもらってはいるが、それだけに頼らない、本当の意味での市民参加型のイベントに仕立て上げたことが、一過性のものに終わらなかった大きな要因ではあるまいか。
![]() 「FMラジオ」 |
||
竹本語録
●賑わいが賑わいを呼ぶ |
||
ある商業ジャーナリストが「佐世保の市街地をこれほどの人が歩いていることが信じられない」と語っている。
その理由は、「福岡までたった1時間半という距離にあり、しかも20分間隔で運行されていること。郊外にも宿敵、大型ショッピングセンターがある。
主産業は不景気で財政も苦しい。」これだけ悪条件が揃っているのに、街に人が溢れているからだ。平成16年には平日で2万8000人、休日で3万7000人の人出があり、全国の商店街が羨む数字になっている。
しかもアーケードに空き店舗がほとんどない。これによって賑わいが保たれ、住民が「賑わいを消費する場所」として強く認識している。
周辺には集合住宅のほか、病院があるゆえに、子供や年寄りが集まりやすい構図が自然と作られていた。
そして昔から根付いている「まち文化・まちっ子気質・まちのブランド」が今も残り、それらが人を引き付けているのでは…とも専門家は語る。
そして賑わいが賑わいを呼ぶ2大イベントの成功。この奇跡のまちの繁栄をより一層深めるために、平成19年から「一店逸品運動」を展開。これはもっと個々の店が魅力的になるために、お勧め商品を開発してもらい、販売強化を図ろうというもの。
逸品に意見をもらうモニターツアーも参加料500円で実施し、「お客さまと話をしよう」というのも目的だ。竹本氏の「佐世保繁栄の巻」はまだまだ終わりを知らない。
バッグショップタケモト
長崎県佐世保市本島町4-22
電話:0956-22-8569
FAX:0956-25-8084
ホームページ:
バッグショップタケモト 〜元気なまちのバッグ屋さん〜
させぼ四ヶ町のホームページへようこそ!
YOSAKOIさせぼ祭り