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今めぐりたい!長崎県の近代化遺産(明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業)

防衛 近代化遺産

防衛

旧海軍が建設した無線送信塔

針尾送信所無線塔

はりおそうしんじょむせんとう

針尾無線塔

見学

見学できます。(9:00〜16:00)

長崎県佐世保市

1922年(大正11年)

旧日本海軍によって建てられた巨大な3本の無線送信塔です。高さはいずれも136mで、一辺が300mとなる正三角の形に配置されています。かつて塔頂には電線が張り渡され、昭和16年12月8日ハワイの真珠湾攻撃を命じた「ニイタカヤマノボレ1208」の暗号電文が、この無線塔でも発信されたと言われています。2016年に『鎮守府横須賀・呉・佐世保・舞鶴 ~日本近代化の躍動を体感できるまち~』として日本遺産に認定されました。

太平洋戦争の口火を切った「ニイタカヤマノボレ1208」の電文が遠く離れた南洋や大陸に発信されたといわれる、旧海軍の無線塔。

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世界最大の巨砲を有した砲台跡

豊砲台跡

とよほうだいあと

豊砲台跡

見学

砲台入口まで車で行くことができ、入口の照明スイッチを押すと照明が30分間点灯し、砲座・砲具庫・巻揚機室などの内部構造を観察することができます。

長崎県対馬市

1934年(昭和9年)

韓国に程近い国境の島、対馬には明治期から多くの砲台が建設されましたが、なかでも豊砲台は、第二次世界大戦前に造られたものです。大正時代のワシントン海軍軍縮条約により不要となった巡洋戦艦「赤城」の45口径40.6cmカノン1基2門の砲塔・砲台を移設し(戦艦土佐のものという説も有)、昭和9年に完成しました。当時は世界最大の巨砲といわれましたが、実戦では一発も発射することがなく終戦を迎えました。

当時世界最大の砲台だったといわれる強力な要塞

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レトロな煉瓦造りの砲台跡

姫神山砲台跡

ひめがみやまほうだいあと

姫神山砲台跡

見学

見学できます。緒方地区内広場から徒歩40分。

長崎県対馬市

1901年(明治34年)

対馬では明治期から昭和初期にかけて全島に31もの砲台が造られました。その一つでもある姫神山砲台は日露戦争に備えて造られた煉瓦造りの砲台です。3つの砲座があり、計6門の28cm榴弾砲が備え付けられました。遺構としての規模はかなり大きく、現在は周囲の自然と調和しレトロな雰囲気漂うスポットとなっています。

明治を代表する煉瓦造りの砲台跡

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東洋一といわれた砲台跡

黒崎砲台跡

くろさきほうだいあと

黒崎砲台跡

見学

現在立ち入り禁止となっています。

長崎県壱岐市

1933年(昭和8年)

壱岐の観光スポット「猿岩」そばの小高い丘にある砲台跡です。黒崎砲台は第二次世界大戦に向けて建造されたもので、対馬海峡を航行する艦船を攻撃する目的で設置されました。砲台は口径40cm、砲身は18mの2連砲で、ワシントン軍縮条約で廃艦となった戦艦土佐の主砲と、回転台その他は戦艦「赤城」のものが取り付けられたと言われていますが、実際にはここから発射されることはありませんでした。

第二次世界大戦に向け、戦艦の主砲を移設した東洋一といわれた砲台跡

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旧海軍の艦船がここに入った

旧佐世保海軍工廠第一船渠

きゅうさせぼかいぐんこうしょうだいいちせんきょ

見学

企業内ですので見学できません。

長崎県佐世保市

1895年(明治28年)〜

1889(明治22)年、海軍佐世保鎮守府が開庁し、佐世保の街には海兵団や海軍工廠などの施設が次々に建設されました。当時の海軍工廠の施設は、現在民間の船舶会社が利用していますが、最も古い船渠(ドック)は石積みのもので、1893(明治26)年に建設が開始されました。長さ141.4m、幅30.35mの大きさを誇り、多くの艦船の造修に活躍しました。戦後に先端部を30mほど拡張しましたが海側では現在も建設当時の石積みの景観が残っています。

明治期に造られた、石積みの大規模な船渠。

第一次世界大戦の功績を讃えた記念館

旧海軍佐世保鎮守府凱旋記念館

きゅうかいぐんさせぼちんじゅふがいせんきねんかん

旧海軍佐世保鎮守府凱旋記念館

見学

見学できます(9:00~22:00)
※市民ホールとして利用されています。

長崎県佐世保市

1923年(大正12年)

現在、市民文化ホールとして使われている凱旋記念館は、第一次世界大戦で活躍した佐世保鎮守府所属の艦船の功績を讃え建設されたものです。鉄筋コンクリートと煉瓦による2階建で、古典主義的なモチーフを基調とした外観・内装が特徴的です。登録有形文化財に指定されています。2016年に『鎮守府横須賀・呉・佐世保・舞鶴 ~日本近代化の躍動を体感できるまち~』として日本遺産に認定されました。

第一次世界大戦の功績を讃え、建築された記念館

実戦で使用する魚雷の精度をはかった

魚雷発射試験場跡

ぎょらいはっしゃしけんじょうあと

魚雷発射試験場跡

見学

見学できます。

長崎県東彼杵郡川棚町

1918年(大正7年)

旧海軍時代、佐世保海軍工廠や三菱長崎兵器製作所で生産された魚雷を実際に発射させる試験場がありました。それが大崎半島(大村湾)の対岸にある緑豊かな島、片島でした。ここでは、発射した魚雷の進行状況を観測所から確認し、その精度を見極めたようです。現在は海面につきだしたレール跡や、建造物の一部が残っています。

旧海軍時代に建設された魚雷発射試験場

佐世保の港を護った堡塁

石原岳堡塁

いしはらだけるいほう

石原岳堡塁

見学

石原岳森林公園の一部として見学できます。

長崎県西海市

1899年(明治32年)

1889(明治22)年、海軍佐世保鎮守府が開庁し、「軍港」となった佐世保の港を護るため、設置されたのが石原岳堡塁です。地図で見ると、ちょうど港の入口付近に設置されているのが分かります。標高73〜77mに備えられた砲種は、クルップ式カノン砲6門、鋼製9cm臼砲4門、砲座数は7基となっていました。現在は、石原岳森林公園として整備されていますが、当時の姿を残しています。

佐世保港を護った堅牢な堡塁

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