
「ながさき巡礼」で心の旅をする

長崎大司教 高見三明
「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の世界遺産への暫定登録や188人の殉教者の列福決定をきっかけに、長崎を訪れたいと思う人々が増えてきました。しかも、単にその場所を訪れるだけでなく、その場所で時間を遡り、さまざまな人々の生き方に思いをはせ、何かをつかみ取ろうとする「心の旅<巡礼>」へと導かれているようです。
巡礼とは、すべての人が平和を共有できる世界が来ることを願う「心の旅」なのではないでしょうか。それはこの世に生きる人の共通の思いのはずです。
長崎は、宗教的迫害や原爆など、さまざまな苦難を見てきた土地のひとつです。ここに住む多くの人々が苦しみ、そして生きてきました。
なぜ、苦しまなければならなかったのか…同じような不幸が2度と起こらないようにするには……「ながさき巡礼」は、考える機会を得られる旅です。まさに長崎のカトリックの歴史は、そのような「すばらしい巡礼」の機会を提供できる「すばらしい場」をもっていたのです。
ある巡礼地の周辺に住む人(その人は仏教徒)が、「教会堂を見学に来た人たちが、自分の作ったものを買ってくれるので、ぜひ教会のためにお礼がしたい」といわれました。
ある殉教者の子孫である神父は、ホロコースト記念館でユダヤ人を虐殺した迫害者と同席するキリスト教の聖職者たちの写真を見て、「ごめんなさい」とうなだれました。
2度と同じ過ちを繰り返さないために、誰もが仲良く暮らしていけるように、「さまざまな心を持つ人たちが共生する」道は、決して難しいものではないはずです。
本書では、カトリック教会にとっての「悲話」、そしてあえて「負の遺産」と言われる部分も紹介いたしました。それらを受け入れ、謝り、赦し、先に進むことができるように努力することが、今、求められているからです。長崎に住む私たちも巡礼者なのです。
教皇の町「ローマ」、キリストが十字架に架けられた町「エルサレム」、12使徒の聖ヤコブが埋葬された町「サンティアゴ」、聖母が出現した「グアダルーペ」「ルルド」「ファチマ」…「長崎」は、これら世界の名だたる巡礼地に匹敵する復活と平和の町です。ここから発信するメッセージを受け取る気持ちがあれば、計り知れない深みのある巡礼を経験できるでしょう。
「観光とは光を観ると書く」と、ある社会学者がおっしゃっています。それはまさしく心の灯なのかもしれません。ということは観光も巡礼もめざしているものは同じ。心の癒やしも、自己の満足だけが究極の目的ではないはずです。心の旅は強制されるものではありません。今、時の流れが人々を巡礼へと誘(いざな)うのも、きっと何か必然的なものがあるに違いありません。
さあ、私たちの先達、聖フランシスコ・ザビエルとともに、ながさきへの巡礼をはじめてください。
ザビエルと歩く ながさき巡礼(長崎文献社刊)より
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長崎巡礼センター [住所]長崎市橋口町8-8 深堀ビル1階 [TEL]095-842-2393