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精霊流し 〜ロケ地を巡る旅〜

奏でられた感動の親子愛 名セリフと共に巡る美しき街



座った場所は8段目! 岩屋神社

「節子おばさんに感謝せんとね。感謝してるのは私の方」
「俺、長崎に帰るよ。もう一度ふりだしに戻って、これから先のことじっくり考えてみる」

 岩屋神社に到着して、最初の鳥居の前に立ってみた。列をなすようにスッと伸びる形のいい杉群、その奥へと伸びる参道、森全体にこだまする野鳥の鳴き声…。一歩前に足を踏み出すには十分なほど、自然の魅力に溢れた場所だった。

節子(松坂慶子)と喜代子(高島礼子)が座ったあの石段
節子(松坂慶子)と喜代子(高島礼子)が座ったあの石段
 杉林を歩くこと約5分、映画の中で節子(松坂慶子)と喜代子(高島礼子)が座ったあの石段が目に飛び込んできた。程良く苔むした石段は、節子と喜代子が二人仲良く座って、雅彦が弾くバイオリンの音を聴いているシーンとしてポスターにもなっている。松坂さんと高島さんが座ったのは、8段目あたり。やっぱり座ってみたくなるのが人の性というもの、大女優が座った場所に自分も同じく身を置いて、映画の気分に浸る…。当然、頭の中ではあのバイオリンの音が駈け巡っていた。
 この場所は、映画の中では鎌倉という設定になっていて、鎌倉の雰囲気にあったこの神社を探し出すのにかなり苦労したのだとか。確かに市民の人でもそう知っている人は多くないかもしれない。石段の先には境内があり、休憩ができる社務所、さらに奥に進むと約60体の石像が並ぶお稲荷さんもある。俳優さんたちが、控室として利用した部屋も、運良く宮守さんがいれば、見学ができるかもしれない。

岩屋神社

岩屋神社

創建時期は不明だが、弘法大使(空海)が開山、行基によって建立されたと言われる。女人禁制の時期があり、その当時は岩屋山まで列をなすほど多くの参拝客が訪れたという。のち、キリシタンから2度にわたり焼き討ちにあうなど、その歴史は困難を極めた。現在は辛うじて残った石仏などを保存。神社周辺には幹周り1.5m以上の杉の大木が18本あり、最大は幹周り5.3m、樹齢300年のものもある。杉群は市の天然記念物に指定。

DATA 095-829-1314(長崎市観光宣伝課) 見学自由 Pあり


あの無縁坂がモデルに 善長谷教会

「まーちゃんが立派なバイオリストになって世界中でコンサートば開くとがかあさんの夢やけん」
「雅彦、お前、本当はな、おせっちゃんが腹ば痛めた子たい…」

 こんなところに教会が?と本当にびっくりするくらい、山の中腹の小さな集落の中にその教会はあった。長崎にはキリシタン信仰の深い歴史があり、禁教令によって繰り広げられた厳しい迫害は、隠れキリシタンという新たな信仰の形を生み出した。まさに人目から隠れるようにひっそりと立つ善長谷教会…。

人目から隠れるようにひっそりと立つ善長谷教会
人目から隠れるようにひっそりと立つ善長谷教会
 ここからの景色がまた素晴らしい。遮るものが何もない大海原のパノラマ。正面奥には、有人の島としては日本で一番小さい周囲6.4キロの高島が望め、天気が良ければ、左手の方に全国でも有名な軍艦の形をした軍艦島が見える。こんなステキな景色をバックに撮影されたのが、雅彦が父(田中邦衛)から真実を告げられる重要なシーン。“告白”だけに教会というシチュエーションがピタリとはまるのも当然だ。また、教会脇の細道をさらに山手へ登ると、母(高島礼子)が幼い雅彦の手を引いて、自分の夢を語る坂道がある。さだまさしファンならピンとくるかもしれないが、グレープ時代のさだまさしが昭和50年に作詞作曲した「無縁坂」を意識して撮影されたのが分かる。“母がまだ若い頃 僕の手をひいて この坂を登るたび いつもため息をついた…”そして、さらに山手で母(高島礼子)が、「後ろを見たらいかん!」というセリフも、歌詞の中の“後ろだけは見ちゃだめと 笑ってた白い手は…”へと繋がる。ドラマチックに展開するこの坂道のシーンを見るたびに、無縁坂のメロディーが流れ、自分の母親のことを思い出すのは私だけではないハズだ。

善長谷教会

善長谷教会

長崎は西彼杵半島の西方に位置する外海地区の隠れキリシタンが移り住んだことが始まりと言われている。教会の周辺には現在もその子孫が残り、全員がカトリック信者となってその意志を受け継いでいる。建物は明治28年(1895)に建てられた木造の聖堂を昭和27年に再建。近年にも修復を行い、現在に至っている。空と海を茜色に染める夕刻時も絶景を極める。

DATA 095-871-3459(深堀教会) 見学自由 Pあり


名セリフに感動したこの場面 宮摺海水浴場

「自分の気持ちに正直に生きていると、苦しいこともある。でも決して不幸にはならない」
 映画の中でとても印象に残る名セリフが、ここのシーンで初めて言われている。上記がそうだ。自分に正直に生きていれば、苦しいこともあるけれど、不幸にはならない…。信じること、生きること、そして人を愛することによってもたらされる“幸せ”は、この映画に登場するみんなの生き方にも重なり、見る側にジンワリと感動を与えているような気がする。
 この宮摺海水浴場は、市内からわずか30分ほどのところにあり、目の前には島原半島や天草諸島が浮かぶ広大な橘湾が広がっている。映画の中では鎌倉の海なのだが、規模としてはちょっと小さいかも。

海水の透明度はとても高い
海水の透明度はとても高い
 しかし海水の透明度はとても高く、夏になると多くの海水浴客で賑わう市内でも有名な海水浴場だ。撮影をした時期はナント2月末!まさかこれが冬の撮影だったなんて…と思うほど、映像の中では夏まっ盛り。寒さをこらえて海辺で遊ぶ俳優さんやエキストラの人々の努力は、映像の中で見事に生かされている。印象に残る3階建てほどの大きな桟敷は、平成16年の台風によって倒壊。とっても残念なのだが、今年、平成17年夏には、規模は小さいものの修復される予定だ。

宮摺海水浴場

宮摺海水浴場

野母崎半島の北東にあり、果物のびわの産地である茂木町から車で約5分の場所にある。夏になると桟敷や出店で賑わい、地元の人々が磯釣りをする姿も見られる。砂地と岩が混在する自然のままの姿が残り、目の前には島々が望める。

DATA 見学自由 Pあり



会楽園

会楽園

内田朝陽さんも田中邦衛さんも通った中国料理店
長崎を訪れたら絶対食べて欲しいのがちゃんぽん・皿うどん。多くの中国料理店が軒を連ねる新地中華街では、長崎が発祥となる本場のちゃんぽん皿うどんがいただける。
それを知ってか、内田朝陽さんほか、高島礼子さん、田中邦衛さん、監督など多くのスタッフがこの店を訪れているのだ!内田さんの場合、通った数10回以上!「居心地がよかったんでしょうねぇ、うちのスタッフみんなと仲良くなってましたから…」と店主が語る通り、訪れたら約2時間は過ごしていたというから驚き。好んで食べていたのは細麺の皿うどん(735円)。トロリとした餡がたっぷりかかって、中からパリッとした食感の細い揚げ麺が出てくる。これがまた旨い。バリバリ言わせながら食べる皿うどんはとにかく食べごたえ十分だった。関東方面の方だと、酢をかけて食べるのだが、ここ長崎ではソースをかけるのが普通。内田さんもソースたっぷりかけて食べたのかもしれない。
ちなみに、田中邦衛さんは、会楽園の名物であるトンポーロー(2個900円)ほか一品料理など多種に渡って味わっていたのだとか。座った場所はカウンターのほぼ真ん中あたり。ぜひそこで。

DATA 095-822-4261  月2回不定休 Pなし



普賢饅頭

普賢饅頭

田中邦衛さんが特にお気に入り!
長崎市内から車で約15分。諫早へと向かう国道34号線沿いにあり、長崎自動車学校のすぐとなりにこの店はある。「普賢饅頭」と書かれた“赤い”ハタがあがっていれば、まだ商品がありますよ〜という意味。というのが、深山さんご夫婦2人で全て手作りしているので、その日によって作る数に変動があり、早ければ午後一番で売り切れることもあるのだとか。そんな普賢饅頭の人気の秘密は皮とあんこのバランス!皮は膨らんではいないが、その弾力と素朴な味わいが、少し甘めのこしあんにピッタリと合う。直径約10センチという大きさでありながら、1個80円という手頃な価格も嬉しい限り。この饅頭、田中邦衛さんや高島礼子さんが美味しいと好んで食べた饅頭で、特に甘党で知られる田中邦衛さんはポケットに7個も入れていたというからスゴイ! 
素朴な味だからこそ、愛される饅頭ということだろう。1日の販売数に限りはあるが、電話予約をしておくと取っておいてくれる。

DATA 095-839-4432  Pなし



あとがき

さだまさしファンならずとも、その映像の美しさ、長崎の風景の素晴らしさに心奪われた人も多いのでは?
そして実際にその場を訪れると、さらなる感動が待っているのも事実。
長崎って本当にいい街だな〜としみじみ思いながら歩き回ったこの精霊流しのロケ地は、被爆した楠木や、隠れキリシタン、居留地など長崎の歴史そのものを知る選りすぐりの場所ばかり。また映画のタイトルである精霊流しは、毎年8月15日、各家々で作られた大小の船が、爆竹を鳴らしながら市中を練り歩く伝統行事。この祭りにもぜひ足を運んでもらいたい。

ロケ地スポットマップ

精霊流しロケ地のマップ情報




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