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モデルコース

vol.5 長崎は美味いものが多いぜよ!

まっこと長崎は美味いものが多いぜよ!

Q 長崎で好きな食べ物は何ですか?

A 長崎は世界の味のるつぼじゃ。和も華も蘭も英も露も仏も米も、あらゆる国のテイストが混在していての。元治元年(1864)、初めて長崎に来た折に、海舟先生に連れられて行ったんが「良林亭」という西洋料理の店であった。「出島くずねり」といって、出島のオランダ人に雇われていた調理人が始めた店で、これがまた美味いのなんのって。ソーフヤサイ(野菜のスープ)、ボイロフィシポテード(蒸し魚のポテト添え)、フライコローツキ(コロッケ)etc…。
元来、好き嫌いのない男やき何でも食べるけんど、長崎に来ていわゆるメタボになったかいのお、ほんの少しだが。けんど、豆を黒く炒って粉にしたカウヒイという飲み物だけは焦げ臭くて、煎じ薬を服用した気分だったぜよ。
その翌年(1865)に興した「亀山社中」が「良林亭」の近くだったせいで、西洋料理はよく食したものよ。社中の仲間とは中国の坊さんが伝えたという「普茶料理」もよう囲んだ。
小腹が空いた時なんぞ、カステイラは最高やった、エヘン。あまりに美味ゆえレシピゆもんを聞き書きして、なじみの女子に作らせたこともあったが、ふんわり膨らますことが難しい奥の深い菓子でのう。乙女姉やんにも食べさせてやりたかったぜよ!

卓袱料理

卓袱料理

前身は普茶料理。「卓」はテーブル、「袱」はテーブルクロスを意味する和華蘭料理の集大成。今ではテーブルクロスの代わりに朱塗や網掛け模様の円卓を囲む。市内の料亭で現在も食べることができる(撮影協力:史跡料亭花月)


ターフル料理

ターフル料理

オランダ語でテーブルを意味するターフル。史料より、江戸時代に出島で作られていた料理を再現(『長崎料理』長崎新聞社より)

調理室図

調理室図

出島オランダ屋敷での調理風景。髷を結った3人のくずねりがいる(川原慶賀画『唐蘭館絵巻』長崎歴史文化博物館収蔵)

自由亭

自由亭

文久三年創業の西洋料理店。良林亭→自遊亭→自由亭と改名し、市街地へ移転。当時の建物はグラバー園へ移築され、喫茶室となっている

西洋料理「福屋」

長崎三大西洋料理屋の一つ。撮影年代不詳(長崎大学附属図書館 所蔵)

乙女姉やんのはちきん便り

乙女姉やん

いいな、いいな。長崎料理食べてみたいな!

坂本家の子どもの中で、私と龍馬がダントツに体が大きいんです。何を食べても吸収するというか、スクスク育ったというか。龍馬の身長は五尺七寸(173cm)、この時代ではかなり大柄で体重もだいぶあったと思います。
特に長崎に滞在すると、美味しいものが多くてつい食べ過ぎてしまうようでしたね。あの子は、クリームや油、砂糖を使った高カロリーのメニューが好きなようで。それがどんな味か私は食べる機会がなかったもので見当がつきませんが、長崎に来ると活力が漲ってきて食欲も増すと言っておりました。文明開化の味ということでしょうね。明治以降も多彩に進化して、長崎名物数多くあると聞いております。まっこと羨ましいちゃ!

長崎名物「ちゃんぽん」

長崎名物「ちゃんぽん」

語源は「吃飯」。福建語の発音で「セッポン」、ご飯を食べるという意味で中華の技法と長崎の食材を融合させて創作した長崎料理)

長崎街道「シュガーロード」

甘いは最高のおもてなし

江戸時代、長崎の出島には交易を許されたオランダと中国の船が、船底の底荷(バラスト)の代わりに砂糖を敷き詰めて来航した。当時、砂糖はまだまだ貴重品だったからだ。出島には砂糖専用の蔵が建ち、遊女へのプレゼントや役人への袖の下にも砂糖が用いられたとか。輸入された砂糖は、長崎から小倉へと続く五十七里(約224キロ)の長崎街道を通って、全国へ広がっていったことから、長崎街道はいつしか「シュガーロード」と呼ばれるようになった。
「今日は長崎が遠ございましてな…」は、来客に大したおもてなしができなかった時の言い訳の言葉。長崎では砂糖をたっぷり使った料理が、最高のおもてなしなのである。


長崎街道

長崎街道

長崎から小倉までの五十七里(約224キロ)を25の宿場でつないだ長崎街道は、人の往来はもとより、南蛮貿易によるさまざまな輸出入品の輸送路でもあった

カスドース

カスドース

戦国時代に平戸藩と交易を行っていたポルトガルの宣教師がもたらしたといわれるカスドースは、今も平戸銘菓の一つ


街道スイーツをご堪能あれ

砂糖を語る上で欠かせないのはお菓子の存在である。ポルトガル人が伝えた南蛮菓子は、カステラ、ボーロ、有平糖(あるへいとう)、ビスカウト(ビスケット)、タルト、カルメイラ…。中国からは、中が空洞でまわりに餡が張り付けられた一口香(いっこうこう)、「よりより」と呼ばれる中華風かりんとう・麻花兒(マーファール)、お金の形に見立てて胡麻をまぶした金銭餅(キンセンピン)、餡がギュッと詰まった月餅etc…。
長崎街道沿道の町々では、砂糖とともにやって来たこれら多彩な南蛮菓子・中国菓子の影響を受けて、さまざまな銘菓が誕生した。饅頭のルーツも実は中国から。だから長崎には、饅頭屋が今でも日本一多いといわれている。これらの菓子は、日本人の感性で長い時を経て磨かれ、現在も私たちの舌を楽しませてくれる。


カステラ

カステラ

諫早のおこし

諫早のおこし

有平糖

有平糖

長崎饅頭の盛り合わせ

長崎饅頭の盛り合わせ

金銭餅とよりより

金銭餅とよりより

桃カステラ

桃カステラ

一口香

一口香

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