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モデルコース

龍馬が見上げた長崎の空 ~風頭から亀山社中跡、そして寺町へ~ 「幕末・龍馬,名所・旧跡,文化・文学」

長崎港を一望できる風頭公園に、堂々と立つ龍馬像。
ここから亀山社中を通り、寺町へと続く坂道を、
幕末の志士たちも闊歩したことでしょう。
あなたも志士の気分で歩いてみませんか?

感動、発見★★★★★ 味わい深さ★★★★ 大人の旅度★★★★★

上野家墓地(上野彦馬)坂本龍馬之像司馬遼太郎「竜馬がゆく」文学碑亀山焼窯跡若宮稲荷神社(伊良林稲荷神社)亀山社中資料展示場良林亭跡亀山社中記念館(亀山社中跡)龍馬通り光永寺

わが国初のプロカメラマン[上野家墓地(上野彦馬)]

1862年に、わが国最初の写真館「上野撮影局」を開設した上野彦馬の墓地。彼は、坂本龍馬ら幕末の著名人を数多く撮影しました。

わが国初のプロカメラマン[上野家墓地(上野彦馬)]

長崎港を向いて立つ凛々しい姿[坂本龍馬之像]

龍馬ファンの市民で組織する「龍馬の銅像建つうで会」が1989年に建立。「龍馬の実像に近い」として高い評価を受けています。

長崎港を向いて立つ凛々しい姿[坂本龍馬之像]

「長崎はわしの希望じゃ」作家の足跡[司馬遼太郎「竜馬がゆく」文学碑]

「亀山社中ば活かす会」が1998年に建立。『竜馬がゆく』の長崎での一場面を記し、司馬遼太郎氏の功績を顕彰しています。

「長崎はわしの希望じゃ」作家の足跡[司馬遼太郎「龍馬がゆく」文学碑]

龍馬の愛用品、幻の文人陶窯跡[亀山焼窯跡]

1804年に開窯された亀山焼。上質な白磁を製作し、長崎奉行所の援助を得て御用陶器所となったが、1865年に閉窯となりました。

龍馬の愛用品、幻の文人陶窯跡[亀山焼窯跡]

白狐に扮した「竹ン芸」の妙技[若宮稲荷神社(伊良林稲荷神社)]

10月14・15日に奉納される「竹ン芸」(市無形民俗文化財)が有名。白狐に扮した若者が、10mの青竹の上で妙技を見せます。

白狐に扮した「竹ン芸」の妙技[若宮稲荷神社(伊良林稲荷神社)]

幕末・明治の貴重な資料を展示中[亀山社中資料展示場]

坂本龍馬をはじめとする幕末の志士や、彼らが集った亀山社中、そして当時の長崎に関する写真や資料を展示してあります。

幕末・明治の貴重な資料を展示中[亀山社中資料展示場]

わが国初の西洋料理専門店跡[良林亭跡]

1863年に草野丈吉が開業した、わが国最初の西洋料理専門店。その後、場所を移して新築し、「自遊亭」「自由亭」と改称しました。

わが国初の西洋料理専門店跡[良林亭跡]

日本初の貿易商社の当時を復元[亀山社中記念館(亀山社中跡)]

亀山社中として利用されていた建物を、所有者の厚意により、長崎市が当時の姿により近い形で整備。2009年より公開しています。

日本初の貿易商社の当時を復元[亀山社中記念館(亀山社中跡)]

志士達に思いを馳せて[龍馬通り]

寺町通りの深崇寺と禅林寺の間から、亀山社中を経て風頭公園へ。亀山社中の志士たちが闊歩したであろう、長崎らしい坂道です。

志士達に思いを馳せて[龍馬通り]

福沢諭吉遊学の拠点[光永寺「福沢諭吉ゆかりの寺」]

1854年、福沢諭吉が1年間宿泊。当時19歳の福沢は、ここで蘭学を学びました。1879年には、初めての県議会が開催されています。

福沢諭吉遊学の拠点[光永寺「福沢諭吉ゆかりの寺」]

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